騎士の戦い
翌日。私たちは森に来ていた。
お父様の仕事には「魔物の現状を正確に知る」というものもあるそうで、王都から連れ立ってきた騎士の人たちの何人かと共に森に入り、実際に魔物を討伐する場面を見せてもらうことになったのだ。
……わざわざ言うことでもないけど、これ完全に私に見せる為の接待仕様だよね。
お父様は「普段から似たような事はしている」って言ってたけど、それってつまり「似たような事はしてるけどこんな事はしてない」ってことで。騎士の方々には私に付き合わせてしまって申し訳ないという念をどーしても抱いてしまう。私が頼んだ訳ではないんだけどさ。
せめてものお詫びとして自分の容姿を最大限に活かしてとびきり可愛らしく「騎士の方々の活躍を直に見れるなんて感激ですっ! ソフィアとっても楽しみっ!」とかやったら騎士のおじさんどころかお父様までめちゃくちゃやる気になったんだけど、エンデッタさんにも協力してもらってお父様には大人しくしていてもらうことに成功した。
私のせいで騎士さんに余計なお仕事を増やしたら目も当てられない。
お父様はもう少しご自分の立場を自覚して下さい。メッ!
とかわいわいやってる間に本日初となる魔物に遭遇した。
「出たぞ、構えろ!」
「ケインズ、ウルベルト、お前らがやれ! 他の者は周囲警戒っ!」
隊長さんが鋭く指示を飛ばし、指名された若い騎士さんたちが魔物に向かって剣を抜く。その姿はとても勇ましくて格好いいんだけど……。
「てやっ!」
「このっ、逃げるな!」
ああ、むずむずする。身体がぞわぞわして堪らない。
私は何を見せられているのだろうか?
これが普通の魔物討伐だと言うのなら、以前私が森の掃討を頼まれた時にした事はなんだと言うのか。森に降臨した魔王の役かな?
「よしっ、捉えた!!」
「四肢を削るぞ! 魔法の準備、お願いします!」
「おう!」
騎士ってほら、普通さ、弱きを助け強きをくじく的なさ、紳士的で善良なイメージあるじゃない。良い人の象徴みたいな印象があるじゃないのさ。
いや分かってはいるのよ。やってる事に間違いはない。相手は魔物だ。緊張感を持って当たらなくてはいけない。それは分かってはいるんだけど……。
「魔法準備できたぞ!」
「お願いします!」
「よし、掛けろ!」
「「《――水よ来たれ!!》」」
詠唱の完了と共に放たれた魔法を見ながら、私はどうしても、こう考えてしまうのだ。
――やっぱり見栄えってのも大事なんじゃないかな、と。
チョロチョロチョロチョロ〜。
花壇に水をやるように。
あるいは花瓶の水でも捨てるように。
魔物に向かってチョロチョロと注がれる水を眺めながら、私はある意味、とても深く納得していた。
まあこんなオチだと思っていたさ。あの魔物を見た時からねっ!!
二人がかりで斬り掛かられ、手足に当たる部分を霧散させられ、今現在水責めの憂き目に遭っている哀れな魔物はウサギに近い小動物サイズ。
戦闘を見ていた感じ、見た目よりは強度もあるのかもしれないが、ぶっちゃけ剣で相手取るより蹴飛ばした方が早いんじゃないかと思うくらいには弱いものいじめの様相だった。
そんなに甚振らないで! 早くトドメを刺してあげて! と見ていて痛ましくなったと言えば、この光景を見せられた私の衝撃が伝わるだろうか。
魔物を討伐に来たとあらかじめ知らされていなければ、魔物の幼体をイジメに来たのかと勘違いしてしまっていたかもしれない。
魔法の水を掛けられ続けて動かなくなった魔物になおも別の魔法を浴びせようとする騎士の皆様方を見て、私は森に入る前の高揚感を返せと叫びたい気分になった。
つーか騎士って。これが騎士って。え、本気で??
なんなのこれ? とお父様に視線を向ければ、お父様はとても気まずそうに顔を背けながら、それでも最低限の説明責任は果たしてくれた。
「これが現在の騎士たちの主な仕事だ」
うっそだろ。
これもまたドッキリなんじゃ? と周りを伺う私の目には、あんなちみっこい魔物を無事に倒せたと喜び合う騎士の人達の姿と、そんな彼らを当たり前の顔をして眺めているエンデッタさんしか確認することは出来ない。
誰も、演技をしている様子はない。
これが、ここでの日常なんだ。
……うっそだろ。
私、騎士の仕事を誤解してた。
これならうちのフェルでも騎士団長とかになれるんじゃね?
「どうだった、ソフィアちゃん?」
「騎士の人たち、凄かったです。びっくりしました」
ひと仕事終えた顔してる隊長さんには悪いけど、本当にびっくりした。言葉もないよ。
私が常識知らずって自覚はあったけど、まさか「魔物と戦う」って言葉にすらここまで隔絶した意識の違いがあるとは思わなかった。
そんな私の脳裏に、いつか聞いたお母様の言葉が蘇る。
『ソフィアは本当に非常識で――』
ああ、本当に。
私は私の想像以上に、常識知らずだったみたいだ。
「え?ってことはカイルたちってこれ目指してんの?」とソフィアが気付いたのは、その後すぐの出来事だった。




