表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
656/1407

主導権は大切ですので


 お父様から真面目な話を始めようとする気配を感じる。


 しかもどうやら、今回ばかりは本気らしい。言葉巧みに惑わされようとも逃がす気は毛頭ないという気迫があった。


 ……まだ髪の毛はふさふさなのに、毛頭はない……うん、真面目にやろうか。


 とにかく、それはいい。分かった。

 お父様が真面目に話したい事があるというなら、私も真面目に聞くことはやぶさかじゃない。


 だがちょっとだけ待って欲しい。

 ほんのちょこっとだけ、本当に少し、ちょみーっとだけ聞きたいことがあるんだ。


 お父様も当然ご存知の通り、現在の私は不調もいいとこ。まるで拷問器具のような馬車らしき何かにより精神力はガッツリと削られ、休息を挟んだ今でもようやく思考能力が回復の兆しを見せ始めたという段階にある。つまり、病み上がりと言っても過言ではない、弱りきった状態であるわけでして。


「なんで今なんですか……?」


 そう思ってしまうのも当然だと思う。


 私、か弱い女の子ぞ。お父様の大好きな愛娘ぞ。もっと(いた)われ。


 そんな不満をありありと込めた瞳で見つめれば、お父様はとても居心地が悪そうに目線をさまよわせた。なんだか今日は強気かとも思ったけれど、やっぱりお父様はお父様だった。相変わらず娘に激弱の愛すべきチョロ父様のようで安心した。


「それは……。ソフィアはこういった話をしようとすると必ず逃げようとするはずだから、逃げられない状況で話すようにと言われて……」


 はい出た黒幕。とてつもなく簡単に、言質(げんち)、頂きました。


 つまり極悪馬車とエンデッタさんの凶悪コンボはお母様の差し金だな? 私の不調はお母様の策謀のうちだな? くふふ、よーく分かったよ。お母様のやり口はよおーく分かりましたとも。くふ、くふふふふ。


 やっぱお母様はいっぺん泣かそう。


 馬車という乗り物に似た悪魔の木箱のせいで精神がとても攻撃的になっている私は、必ずやお母様に「わからせる」必要があると断じた。たとえ相打ちになろうとも、必ずや私を標的にした報いは受けさせることを心に誓った。


「いや待て違う! アイリスは悪くない! ソフィア相手だとつい甘くなるからどうしたらいいかと相談して、それで!!」


 おや、お父様が何やら急に弁明を始めましたよ。一体どうしたんでしょうね。


 あらあらまあまあ、困ったお父様だこと、と頬に手を当ててみたところで、自分の頬がやけにつり上がっていることに気がついた。そのままそっと口元を抑える。口が完全に弧の形を描いていた。


 これは所謂(いわゆる)、酷薄な笑みというやつだろうね。


 やはり身体がまだ本調子ではないらしい。よもやお父様の前で仮面を付け忘れる愚を冒すとは。


 お父様から顔を隠し、そっとひと撫で。


 即座に可憐で愛らしいソフィアちゃんスマイルを浮かべてはみたものの、お父様はより引き攣った顔になり弁明は激しさを増した。


 いくらお父様でもそこまで甘くはないか、どうやら威嚇したと思われたらしい。これでも顔だけならかなり可愛いと思うのだが、かなり本気で怖がられている気がする。甚だ不本意だが、まあ、許そう。美人の笑顔が怖いのは私もよーく知ってるからね。


 そういえば、今は嫁いでしまったお姉様も、本気で怒った時は笑顔で恐怖を振りまく人だった。笑顔が怖がられるのはお母様の血筋の宿命なのかもしれない。


「お父様」


「えっ、おっ、ななんだ!?」


 いや怖がりすぎでしょ。私はお父様の大好きなソフィアちゃんですよ?


「お母様とはどんな話をされたんですか?」


「い、いや、それは……待て、話す! 初めから話すつもりだったんだ! まずは落ち着いて俺の話を聞いてくれ!!」


 失礼な、私は初めから落ち着いていますとも。


 ただあんまりにもそう騒がれると、まだ少し、不調の頭に響くというか……それに慌てすぎてて言い訳っぽく聞こえるよね。もう全部聞き出すことは決定したから、別に嘘でもいいんだけど。


 慌てふためくお父様を見てたら逆に落ち着いてきた。


 いやもちろん初めから落ち着いてはいるんだけど、身体の奥に(くすぶ)ってる不快感のせいで心が荒れてる感じはしてたんだよね。お母様の件でドバッと燃料継ぎ足されちゃったし。


 それが今はどうだい。「落ち着け」と言いながら自身がもっとも落ち着きのないお父様の姿を見ていたら自然と心に安らぎが訪れるんだ。


 やっぱりお父様は女性を食い散らかしてそうな見た目に反してとてつもなく無害っていうか、癒し系だよね。眺めてるだけで飽きない感じ。見た目からいくとワンコ系かな。


 なおもわたわたと焦っているお父様の姿に、私はとても優しい気持ちになりながら、慈母の如く微笑みかけた。


「大丈夫です、お父様。ゆっくりと落ち着いて……話をしましょう?」


 その瞬間、お父様の動きが止まる。


 引き攣った口はかろうじて笑みを形作ってはいるが、その本心が「やったぜソフィアとの話超楽しみ!」というものでないのは額に浮かぶ脂汗からも明らかだ。


 ……もしかして、私と話してる時のお母様も、今の私みたいな気持ちなのかな。


 ちょっとだけ、そんなことを思ったのだった。


大切な話をする前には、必ず上下関係を明確に刻みつけておき、相手方の目的・考え・その後描いている青写真等々、引き出せる情報の全てを余さず引きずり出しましょう。これくらい常識ですよね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ