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私はむき栗になった


 そもそも、気遣いが裏目に出た結果だった。


 男親であるお父様と、女である私。

 日帰りならばともかく、泊まりともなれば二人だけでは問題もあるだろうと気を利かせたお父様が女性の同行を頼んだ。


 そうして同行してくれることになったエンデッタさんだったが、しかし、彼女は私の事情を知らない側の人間だった。


 つまり、彼女の前では下手な魔法が使えない。


 揺れ過ぎる馬車を宙に浮かすことも、到着まで私の身体を死んだように眠らせることもできず、不自然と思われそうな魔法の一切が封じられた。


 馬車の揺れに苦しむ中で、何度「この人さえ居なければ」と考えたかは数え切れない。


 我慢できずに座面からちょっと浮いただけで怪訝な顔をされてからは、体調を崩さずに旅を終える事を諦めた。……けれど、善意のみで行動しているエンデッタさんが、体調を崩したからといって許してくれるわけもなかったのだ。


 責任感のあるまともな大人であるところのエンデッタさんは、私が一人で休むと言っても聞き入れてはくれなかった。


 同行の理由を考えれば当然のことではあるのだけど、「休みたいから一人にしてくれませんか」と願う私に対して「体調が悪い時には人が傍にいるだけでも安心するものですよ」と頑なに私の傍を離れないのだ。


 優しすぎて涙が出るよね。


 こんなに良い人を御者台に追いやるのは気が引けるけども、エンデッタさんさえ見ていなければ私は揺れから解放された状態でゆっくりと落ち着いて体調を整えた後、即席で最悪の環境を乗り切る為の魔法を作り始めていた事だろう。


 けれど、そんな機会は与えられない。激しい振動に晒され続け、気が滅入ったままでの思考を強要される。


 せめてここにいるのがお父様だけなら……と願う私に対しても。


「えっ。……もう学院に通われている、のですよね? でしたら失礼ですが、肉親とはいえ異性の前で無防備な姿を晒すというのは、できるだけ控えられた方がよろしいかと……」


 これですよ、もう!! 正論ですよド畜生!!



 ――そんな善意の悪魔であるエンデッタさんから私が開放されたのは、皮肉な事ながらも、揺れないベッドという天界の家具にエンデッタさんの手で寝かしつけられた後の事だった。


 目覚めた私は気分爽快。……とまではいかないけど、自身がまるで焼き栗のようにガンガラゴンゴロ転がされまくっているような気分になったあの馬車の中に比べたらまさに天国。地面が揺れないというその一事だけで、この部屋はまるで苦難の全てが報われる終着点かのよう。

 固く狭い殻から遂に解放された栗たちの理想郷、すなわち最高級むき栗の品評・試食販売会にも等しい栗たちの天国であろうというものよ!!


 …………うん、訳わかんないよね。私にもまだ本調子じゃないという自覚はある。でもこの狭い外皮から開放された感覚だけは嘘じゃないんだ。あんだけ壊れそうな音出してたくせにあの馬車結局壊れないんだもん。


 世界が揺れないというのはなんと幸せなことなんだろう。

 落ち着いて深呼吸ができるというのは、なんと安らぎに心満たされることなんだろう!


 少なくとも、心底そう思わずにはいられない安堵と喜びに満たされていたのは事実だった。


 もしかしたら世界って揺れてるのが正常な状態で、一人気持ち悪くなってる私は実はまだこの世界に馴染めてなかったんじゃないかとか謎な思考になってたからね。体調って大事よ、ホントに。



 ――だからね。


「ソフィア。少し話したいことがあるんだが……いいか?」


 私が目覚めた途端、エンデッタさんと入れ替わりで部屋にやってきたお父様を見た時、私は思ったんだ。


「あれ? このやり取り、なんだか寝る前にもやった記憶があるぞ?」とね。


 一眠りしてある程度落ち着いたとはいえ、私の身体はまだ本調子じゃない。

 そんな女の子の部屋にこんな軽薄そうなお父様を通すなんて、エンデッタさん、自分で言ってた台詞忘れてるんじゃないの、ってね。


 だから私は、誤解の生じないようはっきりと断言して差しあげた。


「よくないです」


 お父様の反応は予想通り。

 少したじろいだ様子は見せたが、引く気は一切無いように見える。


 ……あのね? こんな状況だから元気にやり合ってやり込めて部屋から追い出すつもりは無いけど、せめて心の中で一言くらいはいいかな?


 こっちの意見聞く気が無いなら初めから聞く必要なくないですか。


真面目な人が来るととりあえず逃げる。物理的に逃げられなくとも精神的に逃げる。

そして逃げ場を塞ぐ言葉が放たれた時、彼女は儚い抵抗をしながら思うのだ。

「ああ、お腹減ったなあ」と。

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