旅行の提案
「ソフィア。旅行に興味はないか?」
ヨルのおっぱい排除を心に決めた翌日。
朝食の場でお父様から聞かされたのは、とても魅力的なお言葉だった。
「とても興味があります」
え、いいの? 私が街の外に出ても本当にいいの!? と思わずお母様の方を見てしまったのは仕方の無いことだと思う。
だって私、お母様に「外で問題を起こされると隠せません」なんて理由で他所の街に行くの今まで禁止されてたからね。外出すら用事がなければ控えるようにとか言われてたからね。お母様の用事がある時は普通に出してくれるくせに。お母様の用事では他所の街とか関係なく連れ回すくせに!!
「……行っていいんですか?」
発言者がお父様ということはお母様の許可を得ずに思い付きで言った可能性もある。
ぬか喜びさせられるのは御免なので、念の為お母様に確認してみた。
「構いませんが、旅行と言うと語弊があります。ソフィアにもそろそろ私たちのしていた事を教えるべきだと考えて――」
「ついでに俺の仕事を見せておこうかと思ってな!」
お母様の言葉に被せるように、何故かドヤ顔のお父様が割り込んだ。その表情は探るまでもなく「楽しみだ!」と雄弁に物語っている。
……っていうか、え? お父様のお仕事見学? しかもなんか……話の流れからして、私とお父様しか行かない感じ?
ああ、そう……そうなんだ……へぇ。
いや他所の街に行けるのは嬉しいんだけどね。それは純粋に嬉しいんだけども。
でもお父様と二人きりで旅行……。お兄様どころかお母様もいないところで、お父様と二人きりで……。
うーん、ってなるのも仕方ないと思うの。
やっぱりぬか喜びさせられちゃったかー、みたいな。お父様が嫌な訳では無いんだけどね。
「とても楽しみです」
「ああ、楽しみだな!」
とりあえずにっこりと笑顔をお父様に向ければ、即座に弾けんばかりのにっこにこ笑顔が返ってきた。……熱量の差に、ちょっと罪悪感。
あまりの喜びように居た堪れなくなって視線を逸らしたらジト目で見てくるお母様を発見しちゃうし。
……いや、違う。あのお母様の目はジト目なんかじゃない。
ジト目に見えるのは私の心が見せた幻覚だ。
だってよく考えたら、お母様っていつもあんな顔してるじゃん。だからあれはジト目じゃない。私を見るお母様がいっつもジト目だなんてそんなそんな、ははは。
何故かずーっとこちらを見ているお母様に耐えきれなくなってお兄様の方を向けば、私の視線に気付いたお兄様は小首を傾げて「どうかした?」と言いたげな仕草をした。ああ、なんて癒されるんでしょう。これがお兄様ヒーリングの効果ですよ。
とか思ってたら、突如なにかに気付いたようにハッとした表情を浮かべたお兄様が、朝食の最中にも関わらず瞳を閉じて集中し始めた。その次の瞬間、念話が届く。
「(ソフィア、どうかした? 何かあったらいつでも相談に乗るからね)」
っ、ああぁぁあ!!!!
お兄様!! マジ、最っ高の癒しですわぁ!!!
「(ありがとうございます。お兄様の顔を見ていたら元気が出てきました)」
元気どころか別のものまでジョバジョバ出てそうだけどね! 歓喜とかドーパミンとか!
とりあえず物理的な液体を噴出する前に興奮と血流とをある程度抑えていると、念話の為の集中を解いたお兄様とパッチリ目と目が絡み合う。
なんとなく、お互いににっこりと笑ってみたり。
そのタイミングが完全にシンクロしててね?
これはもうお兄様と私は一心同体なのではないかとか心が完全に通じ合ってるぞうとか心臓がドキドキで抑える魔法が追いつかないとかもうもう心の中がハチャメチャで突発性ラヴヘブン状態なのですようっきゃー!
流石はお兄様。ちょっぴりテンションの下がりかけてた私を瞬時に先祖返りさせるとは流石はお兄様。でもお猿さんは乙女的にNGなのでちょっと落ち着こう私。はい、深呼吸してー。
朝食中なので目立たないようにしながら、吸って吐いてと息を整えれば、やっぱり今日はいつもより皆の視線が私に集まってる感じがする。旅行が楽しみなお父様は分かるけどお母様はなんでだ。まさかこの料理をお母様が作ってて「美味しくできたかしら? どうなのかしらっ!」なんて心配してる訳でもあるまいし。
ちらちらと注がれる視線をスルーしつつ、それでも私にはひとつだけ、確実に言える事がある。
お兄様は今日も最高に素敵ですね!!!
私はお兄様さえいれば生きていける。
お兄様と同じ空間にいて同じ空気を吸い、動くお兄様をのんびり眺めているだけで私は最高に幸せなのだと再確認した。
はあ〜あ。またお兄様とお出掛けしたいなぁ。
お兄様の都合がついたら三人で、とか……無理かな? ……無理かも。お父様もいたらお兄様と一緒でもできる行動が限られてくるもんね。
どんなに頑張って妄想しても、せいぜい家族に隠れてのギリギリ限界イチャラブプレイくらいしか想像できないや。
旅行というパワーワードで釣ってもソフィアの興味を引けたのは数秒でした。
正直有名なお菓子屋さんを餌にでもした方がまだ食いつく気がする。見た目通りの子供なので。




