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お母様被害者の会


 ――最近、お母様が怖い。


 いや、言い直そう。

 これは事実ではあるが、適切な表現ではなかった。


 ――お母様が怖くないのが怖い。


 嵐の前の静けさという言葉が、私の頭から離れなかった。



 と、いうわけで。


「お父様、率直な意見をお聞かせください。最近のお母様って……怖くないですか?」


「はは、何を言うんだソフィア。アイリスが怖いだなんて、そんなことアルワケナイダロウ?」


 お母様に弱い者同士、情報の共有を図ろうとお父様と話をしに来たのだが、導入を間違えてしまった。お父様は完全に萎縮している。


 うん、無理なこと言わせようとしてごめんね?


 怖がらせてしまったお詫びとしてお父様の手を握り上目遣いで気遣うという愛娘サービスを行ったところ、お父様はすぐにでれっとした表情になり数瞬前の緊張をぽーいとどこかに投げ捨てた。


 相変わらず娘に弱い。


 でもこの持ち味こそがお父様のかわいさだとも思う。

 このチョロさがなければお父様なんて、変なタイミングで余計な口を挟みに来る残念イケメンでしかない。一般的なイケメン顔が苦手である私がお父様と友好的な関係を築けているのは、(ひとえ)にこの扱いやすさあってこそだ。


「そうですね。怖いというのは語弊があるかもしれません。ですが、先日の食堂でのやり取りなど、私は本当に身の凍る思いでしたから……」


 当時の感情を思い起こし、瞳から悲しみの雫を落とす。


 あの悪辣なるお母様の企みにより私の純真な心は深くふかぁーく傷つけられた。


 結果的には私がお兄様に管理されるというその言葉の響きだけで身体中が熱く反応してしまうような素敵な関係にはなれたのだけど、私がお母様に苛められたという事実に変わりはなく。


 非情なる母親の仕打ちにより悲しみに昏れる娘を慰める、包容力ある優しい父親――という立場を用意することによってお父様を私の味方へと引き込もうと思ってたのに、肝心のお父様からのアクションがいつまで経ってもやってこない。ハラハラと床に落ちる涙と共に見えるのは、ただ膝の上で拳を握りこむばかりで、一向に立ち上がる様子を見せないお父様の下半身のみ。


 ちらりと表情を窺えば、お父様はなんともやり切れなさそうな苦渋の感情を眉間のシワで表現していた。必死に私を意識から外そうとするかのように、何も見えぬとばかりに目を閉じた上で顔をめいっぱい背け続ける事に全力だった。その必死さは鬼気迫るものがある。


 そんなにか。そんなにもお母様の敵に回るのは恐ろしいのか。


 お母様の完璧な(しつけ)に薄ら寒いものを感じつつ、私はお父様を恐怖から解放させるべく言葉を探す。


「……あの、もしかしてお父様もお母様に苛められているんですか?」


「いやそんなことはない」


 秒で返事がきた。しかもやたら早口だったよーな。


 お母様に恐怖支配される同士として、お父様とは仲良くやっていけるかもしれない。


 大丈夫、私は全部分かってるよと優しい笑みを向ければ、お父様は頬を引き攣らせて激しく狼狽していた。父としてのプライドが娘に弱みを見せることを拒絶するのかもしれない。


「あのな、ソフィア。先日の件はアイリスだけが悪い訳じゃなくて」


「はい、もちろん分かっています。私がお母様をあれだけ怒らせてしまったのですよね……」


 不穏な気配を察知した私が即座に憂いの表情を見せれば、優しいお父様はすぐに「いや違うそうじゃない」と取り繕っていたけれど、私には分かる。今お父様は私の事を(たしな)めようとしていた。叱られ慣れた私のセンサーがビビッと反応したのだ。


 そりゃお父様は私よりはお母様の味方に近い立場だろうけど、だからってお母様の目がないところでも叱ろうとしなくてもいいじゃんねぇ。


 お母様を裏切らせないままなら私へも快く情報提供してくれないかと期待してたけど、お母様の恐怖洗脳はお父様をしっかりと繋ぎ止めているようだ。相変わらず極悪だねっ!


「……ソフィア。俺はお前に謝らないとならない事が――」


「いいんです、お父様。お父様も難しい立場だと理解していますから」


 私のことは大好きだけど、でもお母様の方がもっと怖い。だからお母様には逆らえないって言いたいんだよね? 分かるよ、お母様に反逆するのは勇気いるもん。


 だから私が欲しい情報だってね、別にお母様の不利益になることじゃなくて、ただお母様の地雷はどこかなーとか、お母様が不機嫌なら近付かないようにしよーとか、その程度の話でね。私だってあんな怖いお母様と敵対したい訳では無いのよ。


 だからね。


「あら、ソフィアちゃんがお父さんと一緒にいるのって珍しいわね。何の話してたの?」


 お母様と最も親しいアイラさんに話を聞かれていたとわかった瞬間、私たちのとるべき行動は決まっていた。


「ただの世間話だ」


「そうそう、大したことない話ですよ」


 アイコンタクトもなくお父様と通じ合う。


 なんだかちょっとだけ、お父様と仲良くなれた気がした。


ソフィアが心を痛める機会を作った事を謝りたい父親。真面目っぽい雰囲気を察知し回避する娘。

このままでは己の罪を妻に押し付ける事になると気づいた時、彼は如何なる行動を取るのだろうか……。

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