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待ち人が来ない理由


 朝起きて、夜に眠る。


 そのサイクルの間中ずっと。


 私は、お兄様からの合図を待っていた。




 ――物事には道理というものがある。


 水が高い場所から低い場所へとしか流れないように。

 形あるものはいずれ必ず壊れるように。


 すなわち。


 お兄様が(つたな)い魔法を覚えたのなら、必ず練習をするはずなのだ。


 もちろんお兄様とて成人を果たした立派な大人。私と違って時間的余裕が少ないのは重々承知している。けれど。


 ……流石に五日も暇がないってことはない……よね?


 普通の人は一日に使える魔力に限りがある。

 だから魔法の練習をするのなら、毎日繰り返すことが重要になってくるのだ。


 それを知らないお兄様ではないからこそ、きっと訓練はすぐに始める。ただ今は訓練の僅かな時間も惜しむほどに忙しいだけなんだと自分に言い聞かせて、お兄様の邪魔にならないよう大人しく過ごしてきた。


 でも無理だった。たった三日で我慢の限界が訪れた。


 なんでぇ。どしてぇ。

 なんでお兄様は私の元に魔法の練習に来てくれないの? もう念話の魔法を諦めちゃったの? との不安に心が折れた。


 その可能性を考えるだけで悲しい気持ちに感情が支配されそうになったので、逆に「これはお兄様が私を焦らして(たの)しんでいるに違いない! 意地悪モードなお兄様だったんだっ!」と思うことにして、日夜完全なる放置プレイというアブノーマルの極地であるお兄様の趣味につきあう健気な妹プレイでなんとか凌いでいたんだけど、それももう限界に近い。リアルお兄様分が不足しすぎてて栄養失調で倒れそう。


 だからこの日、遂に私はお兄様のお考えを知るために本人凸を決行しました。


「お兄様、例の魔法の練習はもうしないのですか……?」


「念話のことかい? それなら毎日練習してるよ。距離も少し伸びたんだ」


 そう嬉しそうに話すお兄様に、私は混乱しかない。


 えっ、練習って誰と? なんで私とじゃないの?


 そりゃもちろん、念話は双方が使えなければ一方的な連絡手段として使えなくもないけどさ。聞くだけなら念話の受け取り側に技術も知識もいらないから、私以外で練習することも可能ではあるけどさ。


 普通練習するとなったら現状唯一の念話使いである私と行うのが当たり前なんじゃないの?? お兄様とのイチャラブ特訓を楽しみに待機していた私のこの感情はどこへとぶちまければいいの? また地面でも陥没させとく?


 そもそも念話が表には出せない私の魔法だというデリケートな問題の特性上、どう考えたってお兄様の練習相手は私が適切であるはずなのに。


 その立場を掠めとった泥棒猫は、やはりお母様なのだろうか。

 私にお兄様をくれた振りをしながらその実、お兄様を利用して私から魔法の知識を抜きたかっただけなのだろうか。


 ……これは念話の真の力を思い知らせてやるべきかもしれない。


 他人の意識に勝手に介入できるという強制力。

 その危険性や効果的な悪用の仕方を、お母様に直接教えてあげようではないか。


 念話を利用したお仕置き計画を脳裏で着々と企てていると、お兄様から意外な言葉が飛び出した。


「エッテは本当に優秀だね。僕の念話の有効距離を理解していて、ちょうどいい位置で受け取ってくれるんだ。エッテのお陰で部屋の中くらいなら届くようになったから、次は考えていることを正確に伝える練習かな」


 なんと泥棒猫はお母様ではなかった。泥棒猫は私のペットだったのです! なんてこったい!!


 しかも話を聞くに、練習場所はお兄様の部屋。

 どこか甘く安心するお兄様の匂いが充満しているであろうお兄様の部屋で!! お兄様と!! キャッキャウフフのイチャラブ特訓!!!


 それ私がやるはずだったやーつ! とやり切れない想いでフェルたちの移動用に用意したアイテムボックスの中に手を突っ込めば、その中では件の泥棒猫が休んでいたのでひっ捕らえた。


 お兄様との特訓でお疲れですかあ? いいご身分ですねえ、うふふ。


「エッテ〜?」


「キュッ!? キュイイッ!!」


 なになにこれどういう状況!? と言わんばかりに身をくねらせて逃げ出そうとするエッテの首をガッチリ掴んで固定しながら、ふと思い出す。


 そういえばエッテたちって念話できないじゃん。


 正確には念話はできるけど「キュイッ」とか鳴き声が聞こえるだけで意思の疎通ができない。

 その状態だと私の想像した「ソフィア、聞こえるかい?」「お兄様の素敵な声が聞こえますぅ」的な赤面して悶えたくなるようなあれやこれやができないではないか。


 そう思ったらちょっとだけ溜飲が下がった。


「えいえい」


「キュキュッ! キュイ〜」


 でもせっかく呼び出したんだから脇腹を弄んでやろう、ていてい。とエッテと遊ぶ様子を微笑ましそうに見ていたお兄様だったが、やがて相変わらずの素晴らしい洞察力で、私の望む言葉をくれた。


「ソフィアも、今度僕の練習に付き合ってくれるかい?」


「はい喜んで!!」


 付き合う! お兄様とお付き合いするよ!!



 その後すっかり機嫌を直した私は、お兄様と二人でエッテをめっちゃ可愛がった。


 お兄様との共同作業、いいわぁ……♪


その夜。

一人相手をされなかったフェルがエッテに文句を言い、上手な撫でられ方を伝授されていた。

ペットにはペットの上下関係があるようです。

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