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母の決断


 食堂というのは、ご飯を食べるところでしてね。


 食欲は人の三大欲求とも言われているわけで、つまり食堂とはその欲を(つかさど)る神聖なる場所。幸福を得る為の儀式場とも言えるんじゃないでしょーか。


 そんな幸福の象徴であるべき場所は今、悪魔に占領されています。


「……揃いましたね」


 普段はお父様が座る上座……いわゆるお誕生日席に当たり前の顔をして座っているのは、もちろん我らが大悪魔(お母)様。


 その顔に怒りの色は一切なく。

 それどころか感情の一切を排したような冷めた瞳をしておられます。


 あの、あれ、その、あれだよ。


 遊園地とかって行くまでが一番楽しいって言うけど、怖いのも始まるまでが一番怖いのかもね。


 そんなどうでもいいことを考えてしまうくらい、私の内心はガクブルしてた。


 そう。ここは食堂。


 いつもお叱りを受けるような密閉された部屋ではなく、お母様どころか家族全員が揃っての緊急家族会議なのである。


 議題はもちろん私の事。

 しかもリンゼちゃんから聞いた話によれば「今後のソフィアへの対応について」との事らしい。


 ……これ、絶縁されたりしないよね?


 今回のはちょっとやりすぎちゃったかもしれない。

 そう思いはするものの、もはや口を開ける状況でもないので大人しく判決を受け入れるしかない。


 これから私は、二度とお兄様をお兄様と呼べなくなるのか。


 それともまさか、お兄様とお父様の前での公開恥辱刑か。心と身体に消えない傷を刻む恐怖のおしりペンペンでも始めるつもりなのか。


 緊張のあまり呼吸が浅くなっていくのを感じながら、私は死刑の執行を待つ死刑囚のような心境で自らの行いを悔いていた。


 今朝の私はなんで「どーせ何も無くても叱られるんだから今日は叱られるようなことを思いっきりしちゃおう!」なんて思えたんだ。お母様は叱る要因をチマチマと追求してはその数だけお説教を増幅する非常に良い性格の人だと知っていたというのに、私はなんて浅はかな行動をしてしまったんだろう。これが冬休みボケというやつだろうか。


 後悔してももう遅い。


 お父様とお兄様を呼んだ以上、お母様は止まらない。


 その不退転の意志だけはしっかりと伝わってきていたのだった。



 ……そこからの話は、ちょっと、割愛するけど。


 いやだってさあ! お母様がいきなり「ソフィアが生まれた時は……」とか思い出話を始め出して私の事やたらべた褒めしてくるんだよ!? ちょー怖いじゃん!!


「本当に愛らしく」とか「才に恵まれた」とか明らかな褒め言葉で、普通はそんな言葉を送られた側は「ありがとうえへへ〜」とかなるだろうに、今の私は黙って俯いていることしか出来ない。


 こんなの、もうあれじゃん。

 これ絶対「そんなソフィアが、今はもう見る陰もなく……」って上げて落とされるパターンじゃん。


 お父様がこの場に呼ばれたのは、家としての決定を下す必要があるから?

 お兄様がいるのは、それを聞かせる為?


 頭の中で最悪の想像がぐるぐると回る。


 爆発の何がお母様をこれほど怒らせたのだろうかと、今となっては意味の無い考えを始めた私に、遂にお母様からの裁きの声が突き刺さった。


「ソフィア、こちらを見なさい。……いいですか。よく聞きなさい」


 ゆっくりと顔を上げた私に、まるで哀願するような。

 まるでこれが、最期の願いであるかのような存外に優しい声が届く。


 そんな声を出した、お母様の表情は――。


 ――愛しい子を想う、母親の顔。


 しかしそれは、切なる想いと悲しい決断の辛さを噛み締めた――諦めの色でもあった。


 その顔を見て悟った事実を辿るように。


「私ではもう、貴女を御し切れません。私では力不足だったようです」


 ――無条件の信頼が、崩れた。


 心の奥でピシリと何かの音が鳴る。


 それは私の世界が崩壊する音。

 どれだけ甘えても最後には必ず笑って許してくれるという前提が崩れ去った、足場を失くした心の悲鳴。


 信じたくない。今からでも嘘だと言って、「これくらい言えば反省しましたか?」と言って欲しい。


 でも、瞳を閉じたお母様は、それ以上の言葉はないと示すように沈黙し――。


「……っ、…………、……ぁ」


 声が、出ない。


 何か、言わないといけないのに。

 どうにかしないと、本当になってしまうのに。


 この暗い世界が、これからの私の世界になってしまうと、分かっているのに。なにもできない。


 絶望で滲んだ世界から零れた涙が顎を伝い、優しい世界の終わりを告げる――その直前。


「ソフィア」


 柔らかい声。温かな体温。


 お兄様が、私の顔にハンカチを当てていた。


「大丈夫だから」


 その一言で色の着いた世界が戻ってくる。

 直後、一気にぶわりと溢れた涙に慌てたお兄様が、お母様に文句を言った。


「母上。やりすぎです」


「そうかしら? 私もソフィアには何度も泣きたい気分にさせられたものだけど?」


 え? え、なにこれ……え?


 混乱する私を満足そうに眺めたお母様は、いたずらが成功した子供のように口角を吊り上げながら、私への処分を言い渡した。


「今後ソフィアを叱る役目はロランドに任せようと思います」


ドッキリ大成功!!

前ぶれなく突然に突拍子もないことをされる恐怖をソフィアにも味わって貰おうというこの集会は、実は家長の発案により決行されました。

ソフィアにバレたら口聞いてもらえなくなるけど、妻の怒りも沈めないといけない板挟みな父の苦渋の決断。息子のポジション羨ま死する。

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