人付き合いって難しいよね
――女性の好感度を稼ぐなら贈り物が効果的だ。
いつか誰かから聞いた言葉を反芻する。
女を舐め腐った発言だと思わなくもないが、ちゃんと送る相手の好みをリサーチして、相手の都合も考えた品を送るのであればという条件をつけるのなら、それなりの効果はあるだろうと断言するのに異論はない。
そもそも贈り物という時点で好意があると分かるし、普通の相手であれば好意を向けられて嫌な気はしない。喜んで欲しいからと贈られた物が好みに合致すれば、そりゃあ好感度も上がるだろう。
つまり、先の言葉はこう言い換えることができる。
女性は気遣ったと分かる貢物が好きだ、と。
大好きな品はもちろん、少し気になる程度の品まで。
貰えるものは全部貰って、笑顔で「ありがとう」と感謝を返す。
そんな人間に、私はなりたい。
……じゃなかった。ごほん。
……だから、私は! シャルマさんが気に入りそうな贈り物を用意していたのです!!
――なのに受け取ってももらえなかったってのは、まあかなーりショックでしたよね……。
悲しすぎて涙が出そう。
だって私、女の子だもん。ぐすん。
「どうしても貰ってくれませんか……?」
うるっと上目遣いでお願いしてみても、シャルマさんの態度は変わらない。
困ったような顔とは裏腹に意思は固そうに見える。
「申し訳ありません。こちらが頂いてばかりになってしまいますし、私の為と仰られるのでしたら御遠慮させて頂きたいです」
ここにきて闇水晶の件がデメリットになったよ、なんてこったい。
ちぇーっ。折角シャルマさんともっと仲良くなれると思ったのになー。
この機会に、いつの日にか私の専属メイド二号として引き抜く為の布石を打っとこうと思ったのに。なかなか上手くはいかないもんだ。
「そうですか……、残念です」
まぁいいさ。普通にシャルマさんとお喋りしてるだけでも楽しいし。別にこれが最後の機会って訳でもないし。
無理を言ってごめんなさい、いえ私の方が、とお決まりのようなやり取りを繰り返したあと、気を取り直してお茶会を再開……しようとしたその時。コンコンと控え目にドアをノックする音が響いた。
すぐに返事をしようとして、ここがヘレナさんの部屋だったことを思い出す。ここにいるのは従者と主人だけとはいえ、シャルマさんと私に主従関係はなく、この部屋の主も私ではない。ならここはシャルマさんに任せるのが適当で――とか考えている間に既にシャルマさんは行動に移していた。実に優秀で感心しちゃうね。
手持ち無沙汰になった私はなんとなしにドアの方に目を向けて、「さては一段落ついて冷静になったヘレナさんがご飯を頼みに来たのかな?」なんてことを考えたのだけど、どうやら応対に出ていたシャルマさんの様子を見るに違うっぽい。やたら恐縮しているというか、あ、頭下げてる。めっちゃ謝ってる。そして困ってる?
いじめられてる訳ではないようだけど……長くなりそうかも。
とか思ってたらすぐ戻ってきた。
あれ、でもドアが半開きのままということは、私に用事かな?
姿勢をピシッと聞く体制を整えた私に、シャルマさんは今日一日で随分と見慣れてしまった八の字眉のまま話し出した。
「ソフィア様。あの、当家の当主が御挨拶をしたいと申しております。お通ししても宜しいでしょうか?」
嫌だよ。貴重なシャルマさんとの時間を奪われたくないじゃん。
なんて思っていても言える訳がないので、私はすぐさま意識を貴族モードへと切り替えて仮面の笑顔で了承した。
なんかアレよね。シャルマさんと仲良くしようとするとどーも上手くいかないね。これって運命の神様が邪魔してるのかな。つまりはリンゼちゃんの嫉妬だな?
責任転嫁しつつ心の涙を流していると、冷静な時のヘレナさんと雰囲気が似ているダンディーなおじ様がやってきた。
立ち上がっていた私が貴族式の挨拶をしようとすると、それに先んじておじ様が膝を床につき頭を垂れる。私は余裕でパニックになった。
え、ちょっ当主? えっ、なにこれ。
「お初にお目にかかります、奇跡の聖女ソフィア様。こうして御挨拶できる機会を得られたこと、誠に光栄にございます」
やめてやめて。変なあだ名増やさないで。
聖女って呼ばれるだけでも未だに背中がむずむずするってのに、奇跡のーなんて呼ばれた日には一周回って「あ、本来聖女になんてなれるはずなかったのに奇跡的な偶然で聖女になれちゃった人ですね?」って意味かと思いたくなる。いや、実際似たようなもんだと思ってるけど。てかそんな腹黒な人がいたらどんだけ気が楽か。
つまりこの人は、どこかで私の聖女活動を伝聞して、こんな小娘相手に頭を下げても構わないと思う程に本気で私を尊敬しているわけだ。
わーすごーい。それってとっても光栄だねーあははー。
……これってまた王妃様が変な噂流したとかじゃないよね? 違うよね? ね、ね?
聖女のお仕事は報酬目当てであって、人に頭下げさせる為にやってるわけじゃないんですけど!
お土産にポンと闇水晶を渡しちゃう人の贈り物。
一介のメイド風情が気軽に受け取れるわけがなかった。




