望まない望み
お母様に刻み込まれた呪い。
それは、幸福な未来を拒絶する呪いだった――。
って感じだよ。マジで。
これを呪いと呼ばずに何と呼ぶ、ってな具合に極悪で非道な呪いですよこれは。
だってお兄様とラブラブしてて、いつも通り優しいお兄様にトキメくと、お尻がきゅん♪ ってなるんだよ。一瞬で素面に戻るよね。
胸きゅんが全てお尻きゅんにすり替わる呪い。
乙女生命の危機である。
――お兄様に慰められてる間中、ずっとそんな感じでそわそわしてたせいか、この日ついにお兄様の意志によって膝の上から下ろされるという前代未聞の出来事に遭遇した。
ソフィアちゃん、唖然、呆然。心が即死。
これがこの世の終わりかと絶望に堕ちかけた私だったが、慌てたお兄様の「刺激が強くて」という言葉に反応してちょっと復活。なおも言葉を重ねるお兄様の、どこかもじもじとした態度と身体のとある部分を隠そうとする不自然な動きによって刺激の意味を完全に理解し、一度は天に召された私の魂は無事、黄泉の国から舞い戻った。
ふふ、ふへへ! そうだよね〜! かわいい女の子が膝の上でもぞもぞとお尻動かしてたら、健全な男の人は当然そうなっちゃうよね〜わかるわかるぅ〜! でも女の子相手にそれは気付かせちゃダメだよお兄様ぁ♪
お兄様と同じく動揺する心を冷静な態度で隠しながら、私は自分のお尻にそっと触れた……が、望んだ記憶を引き出す事は出来なかった。
尻きゅんを無かったことにする為にお尻から意識を逸らしてたのが裏目に出た。
せっかくお兄様が私に欲情してくれた数少ない機会だというのに、その証の感触を全く覚えていないだなんて……ッ!!
ショック。お兄様のプロとしてあるまじき失態だ。
でもよくよく考えると、それはそれで良かった……ような気がしなくも……うん。
変に覚えてたらその……感触とか? ……推定される大きさとかを、こう、頭の中でより鮮明に想像出来てしまうというか……。
完全に再現したくなる欲求が抑えきれなくなってた可能性が無きにしも非ず。
それってもうアレじゃん。オモチャ自作とかかなりアブノーマルな変態の域じゃん。
そっち方面の好奇心がちょこーっとだけ強くて、性欲がすこぉーし溢れちゃうだけでもだいぶギリギリだってのに、興味があり過ぎて好きな人の……、その、アレを自作する、なんて、そんな、ねぇ。言い訳のできないヤバすぎる人になるところだった。しかもその人物は、トキメキを全て尻で受け止める。トキメキヒップの持ち主なのだ。
……変態だ。紛うことなき変態だ。運命の赤い糸さえ溶け消えること間違いなしの危険人物オブザ変態じゃないか! そんなのがお兄様を愛してるなんて事実は耐え切れないよ!! 自分で自分が許せないっ!!
……許せないならば、どうするか。
その答えは、初めから見えていた。
呪いは解かれるためにある。
王子様のキスで解ける可能性とかも是非とも考慮に入れたいところだけど、普通に考えれば諸悪の根源を倒せば呪いは消える。
そう、悪逆の王であるお母様さえ倒せば、私は綺麗な身に戻れるハズなんだ!!
その為には綿密な計画が必要だと真剣に頭を悩ませ始めた私を見て、何かを感じとったのか。若干放置気味になってしまっていたお兄様から予想外の提案がされた。
「ソフィアは母上に仕返しがしたいんだよね? ……良かったら僕も手伝おうか?」
驚きに顔を跳ね上げる。思わずお兄様の顔をまじまじと見てしまった。
……本気だ。お兄様、本気で私の味方してくれるつもりなんだ。
けど、嬉しいと思えたのは一瞬のこと。
お兄様が私の側につく事で一気に現実味が増したお母様打倒の光景が脳裏に浮かび、私は僅かな恐怖を覚えた。
……怒ってはいるよ? 恐がらせたお返しに暴力振るわれて、しかも過剰なお尻への攻撃は私の羞恥心とか屈辱感とかを大いに煽ったし……。お母様絶対許さん! って思ったのは嘘じゃない。嘘じゃないけど……。
でもお兄様と協力してお母様をやり込めて、二度と私を叱れないようにしちゃうのは、良くないと思う。
お母様に目にもの見せてやりたい気持ちはめちゃんこあるけど、私の前に這いつくばらせて「ざまぁ!!」ってやりたい気持ちもないでは無いけど、実際にやれそうとなると話が別というか。
そこまでやっちゃうと、取り返しがつかなくなりそうで。
……お母様との関係が修復不可能になるのは、できれば避けたい。
「いえ。……そのお気持ちだけで、充分です」
心に生まれた波紋を気付かれないよう、笑みを浮かべてお兄様の提案を拒んだ。
怒ってる。怒ってる?
確かにお母様に怒ってるハズなのに、この怒りの発散方法が思いつかない。適切な方策を思い付けない。
お母様が全面的に悪い。でもお母様を本気でやり込めたい訳じゃない。謝られたら満足なのか? 上っ面でも? 心の底から? 理解をされたい? されないから怒ってる?
自分の心が分からない。
この不安がどこから来るのか、分からない。
今はただ、目の前にあるお兄様との繋がりが、無性に恋しかった。
このシスコンの兄なら、たとえかわいい妹が「やだ、お尻がキュンキュンしちゃった♪」なんて宣ったところで笑顔で受け入れそうな気がする。
兄の愛は偉大だねー(棒)。




