大空体験アクティビティ
空。
それは、人類の憧れ。
青く突き抜ける蒼穹は常に人類と共にあったけれど、同時に決して手の届かない領域の象徴でもあった。
――そんな常識が今、覆るのだ!!!
「はーい。ではシートベルトをご確認ください。身体はしっかりと固定されていますか? 揺れた衝撃で外に投げ出されたりしないようになっていますね? それでは行ってみましょう、ソフィア航空が誇る空の旅! 三名様ご案内です!」
「楽しみだわ!」
ピルルッ! とアヒルさん型のホイッスルを吹けば、ノリの良いアイラさんが声に出して楽しみさを表現してくれる。
うんうん、いいねいいねーエンターテイナーとしての血が騒ぐよ!
ではさっそく出発進行! ……と行きたいところなんだけど、その前に確認しておかなければならないことがあった。
「お母様。本当に透明化はしなくても良いんですか?」
今回のお試しチャーター便はソフィア航空の親会社であるお母様財団の許可によって実現したアクティビティである為、お目付け役としてお母様が同乗することに相成った。
つまり、好き勝手にする前には報告しないと私が怒られる。
お母様とアイラさんが揃っている所では、気を付けないとお母様の怒りがスパーンと飛んでくる。普段溜めてる分までスパパパーンと気軽に飛んできかねない。
目の前の楽しみに意識を奪われてるアイラさんがストッパーのお仕事を忘れてるから、自衛しないと危険が危ないのだ!!
幸い報連相をしっかりと行えばお母様はそこそこ理性的だ。今はまだ、という注釈がつくかもしれないけど、空に上がっちゃえばこっちもん……いや、もう流石に慣れられたかな……?
「空の幻影で囲えば充分でしょう。あの魔法は貴女が思うより余程実用的ですし、透明化は視覚的に頼れる物が無くなるという点で慣れるまでかなり心細くなりますから」
つまりお母様は初フライトの時にとっても心細い思いをしたってことだね? 気付かなくてごめんね?
ちなみにお母様の言う幻影魔法とは、変身魔法の実験段階で生まれた、ソフィアちゃんの新たなる便利魔法(お母様による禁呪指定あり)である。
いやね、変身魔法ってあれじゃん。私の姿を人に誤認させる〜的なものでもある訳じゃん?
変身魔法の概念をお母様に伝えたら、変身魔法を前述の通りのものと認識したお母様に「なら他人の意識に介入できるソフィアであればもっと効率的な方法が取れるのでは?」って言われてさ。
ナチュラルに人を操る方法を勧めるお母様の魔王的発想に理解を示したくはないけど、その考え方には一理あるかもって……ねえ?
それで生まれたのがこの幻影魔法。
私が指定した空間を見た人が「そこに〇〇がある」と誤認する魔法である。
当初の目的である「エッテに成り代わってお兄様になでなでしてもらう」という役には全く立たないけど、これはこれで有用な魔法なのだ。
というわけで、幻影魔法ごー! ヴォン!
脳内効果音と共に魔法が発動。これで私たちの一団は青い空にしか見えなくなった。
もし仮に今上から私たちを見られたのなら、地面にはぽっかりと浮かぶ空の青が見えることだろう。
……空に上がればそれなりの隠蔽効果はあるから! もしバレたとしたって、それは指示したお母様のせいですし!
いざという時の責任の所在確認までをきっちりと済ませれば、後は安心して空の旅を楽しむだけである。
張り切っていってみよう!
「では安全確認が取れましたので出発しまーす!」
飛び立つのを今や遅しと待ち侘びていたお二方に出発を宣言し、隠蔽魔法の内側に遮音の魔法を展開。空から謎の声が降ってくるという怪奇現象を未然に防ぐ。
そして私たちを乗せた荷台は――ぐん! と勢いよく空へと飛び上がった。
「ひゃあっ!」
「……っ!!」
「……ふふっ」
悲鳴をあげるアイラさん。その袖に掴まるソワレさん。そんな二人を楽しげに見るお母様。
三者三様の反応を眺めながら、ぐんぐーんと高度を上げていく。すぐに屋敷の屋根を追い抜き、遠目に街の様子が見える高さに到達した。
「そんなに怖がらなくても落ちないわよ。ソフィアがわざと落とそうとしない限り落ちる心配なんてないんだから。ねぇ、ソフィア?」
「絶対に落ちませんから安心して下さい!!」
ひょええ、お母様ったら前のイタズラまだ恨んでたの!? ちょっとしたお茶目じゃないですかぁ!
いくらお母様でもそんなに昔のことをネチネチと……それともあれか? お母様ったら初飛行の二人に先輩風吹かせちゃってかーわいいとか思ってたのがバレたのかな? うーむむ、どっちもありそうな気がするなあ。お母様も地味にテンション高めだし。
とりあえず余計な事はしないで空に係留しておくだけにしよっと。
それでも強風の排除や気温の操作とか、やる事はそれなりにあるんだけどね。裏方も楽じゃないよホント。
……まあ、楽ではないんだけども。
「わあ……うわぁ!」
「……すごく高い、ですね」
……これだけ喜んでくれるのなら、苦労する甲斐はあるよね!
心躍る初めての飛行体験に恐怖心を植え付ける所業は、被害者の視点から見れば充分恨むに値する出来事ではなかろうか。
ソフィアのお茶目、ダメ、絶対。




