怠惰の獣
とある日の昼下がり。
父は執務に勤しみ、母は王城にお出かけし、お兄様はミュラーの家でお稽古と、家族がみんな忙しそうにしている中。
私はベッドの上でグータラしていた。
長期休暇という快楽を、堪能し尽くしていた!!
「うおおー!」
意味もなく雄叫びを上げ、意味もなくベッドの上をごろごろと転がりまくる。
家にお兄様はいない。うるさいことを言うお母様もいない。
お父様の執務室は私の部屋からはかなり距離があって声も届かないハズ。
絶好の絶叫日和だった。
「うおー! うおおおー! いぇいいえーいっ!」
ごろごろごろりんぱたぱた。
転がるのにも体力を使うし声を張り上げるのだって何度も続けていればすぐに疲れてしまう。
なので初めの時はぐるんぐるんと転がっていた動きは今や数秒に一回の寝返りに変わり、代わりに足をぱたぱたと動かすことで忙しなさを表現する方向へと移り変わったのもごく自然な流れと言えるだろう。
絶叫は……気分だ。
なんとなく大声出したかったんだもん。
でもずっと続けてて虚しくなってきたからそろそろ止めたいよーな気もする。でもやめ時が見つからないというか、ここでやめたら本当に無意味に叫んだだけの変な子になっちゃう。
「おぉー、おおぉぅ……」
なにかないかなーと思いつつ、私は一体何と戦っているんだろうかと冷静になりかけた思考から目をそらす。
腹ばいになってオゥオゥ言ってるとオットセイみたいじゃない? オゥオゥっ!
「ゥオッ! オゥン、ゥオンッ!」
うーむ。似てるよーな、似てないよーな。
そもそもオットセイとかアシカとか、鳴き声を正確に知ってるほど詳しい訳でもないんだよね。水族館は人並みには好きだったけど、家もそんなに裕福じゃなかったから二回しか行ったことないし。遊園地なんて一回しか行ったことないし。
……なんか悲しくなってきた。
こんな悲しみは全て、鳴き声に乗せて消化してやるっ!
「アオーン! ワオオォーン!」
「犬になってるじゃないの」
あ、リンゼちゃんだ。
犬の遠吠えで見事に仲間のリンゼちゃんを呼び寄せたよ!
お掃除は終わったのかな? だとしたらこれからは私の自由にしていい時間かな? 帰って来てくれて嬉しいよー。
「おかえりー、リンゼちゃん」
「………………」
あれ? 返事が聞こえない。どうしちゃったのかな?
さぁ元気を出してもーいっかいっ!
「おーかーえーり!!!」
「……ただいま」
何故にそんな面倒くさそうな顔するのん。この程度のわがままいつもの事じゃないのさ。
いや待て、もしかしたらリンゼちゃんの精神状態がいつも通りじゃないのかもしれない。普段なら笑って許せることでもタイミングが悪いとイラッとしちゃうなんてのはよくある事だ。
きっとあれだ、昨日の夕食時にお父様が宣ったくだらない冗談を聞いてお母様が珍しく笑みを深めてたのとかと似たよーなやつだ。虫の居所が悪かったんだ。
状況を素早く敏感に察知した私は、心のささくれているリンゼちゃんを癒すべく、即座に特別救護員の派遣を要請した!
「エッテ! リンゼちゃんはお疲れのご様子! 今すぐに癒しておあげなさい!」
びしぃっ! とベッドの上から指令を出せば、助けを求める人々を癒すため、すぐさまエッテたちの寝床から飛び出す影が……影が……、………………。
……あれ? エッテちゃんお留守?
部屋を見回してみれば窓がちょこっとだけ開いているのに気付く。
恐らくあそこから外に遊びに出かけたのだろう。
つまり頼れるエッテは今はいない。
私はお疲れのリンゼちゃんに気を持たせて弄んだ性格の悪いご主人様。
……そんなの嫌だよ!
すぐさまベッドから立ち上がり、リンゼちゃんの元へと突撃した。
「エッテがいないみたいだから私が疲れをとってあげるね」
「結構よ」
ままま、そう言わずに!
鬱陶しそうに払い除けようとする手を掴んで触診を開始。
魔力をにょい〜んと伸ばしていけば、肉体的な疲労が溜まっていることを確認できた。
「窓拭きでもしてた? 足が特に疲れてるみたい」
「そうね。でも今はそれよりも、他の疲れの原因を取り除いて欲しいわ」
え、他の? でも足の疲れが一番っぽいけど……?
ご要望にお答えして超細かく分解した魔力でリンゼちゃんの身体の中までを詳しく検査。こうしないと魔力の反発でゾワゾワってなっちゃうからね。
さてさて、リンゼちゃんの体内を通過してきた魔力を再構築して、肉体の疲労度をよーく確かめてみると……なんと、ふくらはぎ以外だと右太腿のお尻に近い部分が特に疲れていることが分かったよ! これはきっと筋肉痛になるね! 今のうちにマッサージしておかないと!
「お尻が疲れてるみたいだから揉んであげるね」
「あなたの対応が疲れると言っているのだけど?」
……ん? うん? 照れ隠しかな?
お尻を触られるのは抵抗があるだろうけど、これはれっきとした医療行為だから!
「じゃあほら、ベッドに上がってそこで……あれ」
え、すごい。一瞬目を離した隙に逃げられてしまった。
リンゼちゃんったら、一体いつの間にこんな技を……!?
彼女はその後、おやつの準備を整えて戻ってきた女の子の臀部を優しく癒してあげたらしい。
被害者によると「痴漢の触り方だった」そうです。




