未来の嫁
裏アネット様ハンパない。
そんな分かりきった事実を再確認したところで小休止。
お互いの近況やら学院での出来事といった当たり障りのない話題をいくつか消化して心の平穏を取り戻した頃。
話は思わぬ方向に向かった。
「そういえば、私がそちらの家に移動するのはいつ頃になりそうか分かるでしょうか? 結婚もしていない内から気が早いかもしれませんが、こちらで済ませておかなければならない仕事の関係もありますので……」
相変わらず表のアネットとの格差がすごい。というか私との格差もすごい。
同世代でこんなバリバリに「私、仕事のできる女ですから」感を出せる人はそういないんじゃなかろうか。そもそも仕事にガッツリくい込んでる役職の同級生すらどれだけいることやら。
私の個人的な事情や感情を抜きにしても、案外お兄様にぴったりのパートナーになるかもしれない。そんな風に思った。
「ごめんね、そういう話は聞いてないかな。なんならお兄様に聞いておくけど」
しかし聞いてないものは答えようがない。
私も家でアネットに会えるようになるのを楽しみにしているのだけど、自身の商会を持つ商会長というアネットの立場を考えれば、お兄様と結婚したからといってすぐに「結婚した! 同居! 引っ越し! 愛の営み!!」と簡単に事が進むわけがなさそうなことはなんとなーく分かる。結婚は先にするけどしばらくは別居するとか言われた方が余程納得できるというものだ。
「いえ、聞いてないならいいんです。わざわざロランド様を煩わせる程の事ではありませんから」
金持ちで、しかも謙虚。
性格が良くて頭も良くて気が利いて礼儀正しくて男を立てる事を心得てるとかもう何これ。これだけの条件揃ってて身体も早熟で笑顔が可愛いとかもう男ウケする要素の展覧会ですかよって感じじゃない?
なに、アネットって実は嫁になる為に生まれてきたの? 天職はお嫁さんなの?
しかも擬似二重人格で明るいアネットとお淑やかアネットの一人で二度おいしいとかむしろ私が嫁に欲しい。リンゼちゃんと並べてかわいがりたい! 夜通しおしゃべりとかして女子会したい!!
そんな願望が湧いた時。
私はふと、気付いたのです。
――あれ? これ後半だけなら叶うんじゃない? と。
アネットには笑顔だけで曖昧な返事をしながら、より思考を進めてゆく。
アネットは嫁。お兄様の嫁。お兄様と結婚したなら我が家の嫁も同然。つまりアネットは私の嫁でもあるということ。
私の嫁なら私の部屋に来るのも当然だしそこで夜通しおしゃべりしたり一緒にリンゼちゃんの着せ替えをしてみたりとかするのだって当然自由。一緒に遊んで一緒に寝て一緒に学園に行くような素敵な新婚生活を送れると思う。
あれ? 何故かお兄様のお嫁さん寝取っちゃった。まあいいや。
妄想だったら誰を寝取ろうが誰と結婚しようが自由だけど、現実ではそうもいかない。だから気を付けないといけない。
今気付いたんだけど、お兄様とアネットって二人ともがパートナーである相手よりも私の方が大事だって宣言してる夫婦になるんだよね。それってどうなの。
お兄様の一番は譲りたくないけど最悪家族枠の一番で妥協できなくもない……こともないかもしれないくらいの分別はあるし、アネットの方はむしろお兄様を一番好きになってくれても全然問題ない。むしろなって。そして更なるお兄様談義に花を咲かせよう。
……という冗談はともかく。
いや本当に、アネットには私以外の一番を作って欲しいと切に願う。
「身体を奪った恨みは一生忘れない!!」とか言われたい訳ではもちろん無いんだけど、それにしたって現状の命の恩人扱いはどうにもむず痒くて収まりが悪いというか、私のキャラじゃないというか……うーむ。
例えるなら、そーだなー。
拾った鳥の死体を折角だからと人形にして遊んでたら、十数年経った後に急に鳥の魂が復活して「あの時は救って頂きありがとうございました。あなたが身体を大切に扱ってくれたお陰で私は無事に蘇る事ができました。この御恩は一生忘れません!」とか言ってめちゃくちゃ有り難がられる感じ?
もちろん現実で鳥の死体なんか拾って帰ったりはしないけどさ。
話を聞けば確かに「あー、確かに私が救ってるわー。無意識の私グッジョブだわー」ってなるんだけど、自覚が無いから感謝が過剰に感じるというか、ぶっちゃけ「偶然で助かるなんて運が良かったんだね」くらいの感想でしかない。
逆に偶然で何かを殺している可能性だってあるのだから、無意識の行動にそう意識を向けさせないでおくれよぅ、とすら思う。ちょこっとだけ、だけどね。
ちらりとアネットに目を向けると、こちらを見ていた瞳とかち合う。
お互いににこりと微笑んだ。
「お菓子が口に合いませんでしたか?」
「ううん。とっても美味しいよ」
……うん。こっちのアネットも知的で好みのタイプではあるんだけど。
――表のアネットと足して二で割ったら丁度よさそう。
失礼な事を考えている私だった。
それは世間一般では嫁ではなく「義姉」と呼ぶのです。




