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天然者の誘蛾灯


 どうやらお兄様は、私の「羨ましい」との発言を間違って捉えたようだ。


 エッテを可愛がるお兄様が羨ましいんじゃなくて、照れも恥じらいもなくお兄様に苛烈な愛情表現のできるエッテの事が羨ましかったんだけど、当然わざわざそれを指摘して訂正を促したりはしない。ただでさえ恥ずかしさのあまり消えたいくらいなので、むしろ勘違いはウェルカムである。


 ……でもそれはそれとして、エッテの事はめいっぱい可愛がらせていただく。


 だっこしてぎゅーってしちゃう。その後は頬ずりだってしちゃうぞう。


 このヒゲのついた小さなお口がついさっきまでお兄様のあれやこれやと触れ合っていたんだと思うと、いつものエッテの匂いですらも特上の媚薬のように感じられてしまうね。ふわふわと幸せ気分で脳内麻薬がダパァと湧き出してる感じがする。

 まあもちろん、媚薬の匂いなんて嗅いだこともないんだけど。


 そういう意味で言ったら、お兄様こそが私にとっての媚薬とも言えるのかもしれない。


 お兄様を見ては発情し、お兄様の匂いを嗅いでは発情する。

 間近で長くいると症状が悪化してもう辛抱たまらん! な状態になるのとかもう完全に媚薬のそれ。


 つまり私の身体の反応は媚薬(お兄様)によって引き起こされたもので、むしろ発情するのが普通。当然。


 それだけお兄様が魅力的すぎるんだもの。

 身体が反応しちゃうのは女性として自然なことだと当然の顔をして受け止めていればいいのかもしれないね。


 ふふ、全くぅ。お兄様の傍にいるのも大変だなぁ! こんなに大変な役目は私くらい取り繕うのが上手な人じゃないと務まらないんじゃないかな!?


 お兄様には近付く事すら特別な才能が必要だなんて、本当にお兄様ったら罪なお人……。


 でも、お兄様はそれでいいのかもしれない。


 だって歩くだけで女性を虜にしちゃうようなお兄様が今以上に近寄りやすい存在だったら、それだけで勘違いして近付いて、お兄様に袖にされる悲しい被害者が山のように現れていただろうから。


 煌めく後光指す笑顔で無自覚に魅了し、魅惑の微熱で炙って恋に落とすお兄様は、女性にとってはさながら蛾にとっての誘蛾灯の様に危険な存在なんじゃなかろうか。


 ……でもその誘蛾灯、たとえ近付いたら死ぬってあらかじめ知らされてても、間違いなく近付く人が絶えないよね。私だって確実に嵌るし。


 つまりお兄様は何も悪くない。


 お兄様はたとえ近付いてきた数多の女性に「君と結ばれる未来はない」と悲しい現実を突きつける羽目になったとしても、その見目麗しい美貌で世の女性たちに一時の夢を提供し続けて欲しいと思う。


 それがいつかは覚める夢だとしても。

 女性に頑張る気力と活力を与えられるお兄様の生まれ持った才能は、決して秘すべきものではなく。


 世のため人のため、立派に誇れるものだと思うから――。



 お兄様の魅力について満足のいく結論を導き出し、ひとり心の中で感動していると、お兄様の耳に心地好い声が聞こえてきた。


「ソフィア。話、いいかな?」


 私の返事は決まっている。


「もちろんです。なんでしょう?」


 無意識の間にも撫で続けていたエッテを肩に乗せて、聞く体制を整えた。


 妄想の時間は終わりを告げ、現実のお兄様を堪能する時間がやってきたのだ。


「これから何処かに行こうとしてたみたいだけど、何処に行くつもりだったのか聞いてもいいかい?」


「それは……」


 と思って期待したけど、どうやらお兄様との楽しいお喋りタイムという雰囲気ではなさそうだった。ソフィアちゃんショーック。


 それでも他でもないお兄様から質問だし、なによりなんでもない風を装ってるけど真面目っぽい気配を僅かに感じたので、空気の読めるソフィアちゃんはお兄様のお望み通り、へらりと気を抜いた顔で答えるのです。


「アネットのところに行こうと思ってました。その、先日の失礼な態度をお詫びしようと思いまして……」


 お兄様の婚約者として並び立つアネットの姿に嫉妬してついぶっきらぼうな態度を取ってしまった事は記憶に新しい。


 話している内にその時の失礼な態度を思い出して申し訳ない気持ちになっていると、私の言葉を聞いたお兄様も申し訳なさそうな顔になってしまった。申し訳なさがドドンと増した。


 アネットには悪いけど、申し訳なさの比重が全然違う。

 罪悪感どころか絶望感すらある。すぐに弁明しなくては!


「お兄様がそんな顔をする必要はありません! 全て私が悪いんです! その、大好きなお兄様がアネットに取られてしまうような気がして……。いつまでも子供っぽくて、本当に恥ずかしいです」


 恥ずかしいのは子供っぽいことじゃなくてお兄様が大好き過ぎることなんだけど、そこはまあ、誤差だ。うん。


 幸いお兄様が優しい笑みを浮かべてくれたので、私の言葉選びは間違っていなかったと言えよう。




 ――この時の私は、本気でそう思っていた。


 信じられなかった。

 まさかお兄様が、私のこの言葉を聞いて、あんな事を言うなんて――。


ソフィアの妄想タイムが終わったかの確認にはきちんと声掛けをするといい。

という事を、彼女の父は知らない。

恐らく恥ずかしさのあまり妄想が爆発することも、現実逃避で妄想に逃げ込まれる事もないからであろう。

実に人畜無害な男である。

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