進化するぬいぐるみ
私には疑問がある。
この間、お母様がさらっと言ってたメリーたちに関することだ。
以前、メリーが【探究の賢者】アドラスを奴隷の如く粗雑に扱った事が我慢ならなかったようで、淑女としての心得を叩き込むレッスンをすると言い張ったお母様により、メリー(とマリー)は一日の大半をお母様のところで過ごすようになっていた。
ぬいぐるみに人の常識を説くのか……と思わなくもないんだけど、メリーはその、確かに放置するには恐ろしいものの考え方をしてるからね。
私に迷惑をかける人はゴミ以下。
二度と迷惑をかけないように調教して、知識も情報も全て搾り取ってご主人様の役に立てて上げるのが赦されざる罪を犯した者への優しさで、むしろ罪の償い方をわざわざ教えてあげるなんてとても親切よね? みたいな考え方だからね。
誤解を恐れず感想を言えるならば、正直引きます。
私の事を大切に思ってくれてるのは嬉しいんだけど、愛が重いっていうか、ちょっと狂信的じゃないかなって思うの。
だから私が大切に思う人にはそんな真似はしちゃいけないよって丁寧に伝えはしたんだけど、「過激な行動を今後は絶対しないように!」とか命令するのは、あの、ほら。反発された時がちょっと怖いというか……分かるでしょ?
だってメリーってば、賢者としてのプライドがあっただろうあのアドラスさんを容易に支配下に置いちゃうんだよ? しかも教えた覚えのない読心の魔法まで使いこなして!!
私を慕ってくれるメリーの事は信用したいけど、「私は本物のソフィアではない」という家族には絶対に知られてはならない秘密を持つ私としては、やっぱりどうしても弱腰になってしまうというか。私に読心の魔法は効かないとは思うんだけど、予想外から産まれて予想外の進化をし続けるメリーたちは、私の予想なんかじゃ測れないだろうなーという確信もあるというか……。
そんなヘタレた私の心境を察したお母様がメリーたちに教育をする役割を代わってくれたんだよね。
こーやってお母様に頼りまくってるから叱られた時に強く出れなかったりするんだけど、よく考えたらそれで良かった面もあるのかもしれない。
だって私のお母様だよ?
やり込められた恨みは溜めて溜めて、機会が来たら倍返しとか普通にしそう。いや、倍で済めば優しい方かも。
お母様へのイタズラは後々の反撃も考慮して細心の注意を払う事! と心のメモに書き留めた。
って違う。今はお母様の話じゃなくて。
そのお母様のところで過ごしてるメリーたちが、いつの間にかお母様の仕事を一部手伝ってるって話だ。
簡単なものとは言ってたけど、それって簡単な読み書き計算ができるってことで、それってつまり、メリーとマリーはもはや人間と同じような行動ができると証明されてしまったようなものじゃないかと思うのだ。
……若干、今更感あるけど。
でも私にとってあの子たちは、今でもお母様とお姉様から贈られた大切なプレゼントであって、いくら会話ができるとはいえ友人枠にはなり得ないし、かといってフェル達のようなペット枠でもないし、当然普通のぬいぐるみとして接することも難しいし……という、なんとも関係性がもやっとした存在なのだ。
誰にも相談できないようなことを独り言としてぬいぐるみに話してたら、そのぬいぐるみが意思を持って誰とでも会話できるようになっちゃったんだよ? 怖くない?
でも急に意思が芽生えたのも私のせいらしいし、もし誰かに私の話をバラされたって私が恥ずかしいのを我慢すれば済むことではあるから、メリーたちをどうこうして解決しようとは考えてなくて今日まで放置してたんだけど……。
その結果がこれですよ。
動いて喋って魔法も使えて、おまけに賢者様のお仕事の手伝いまでできちゃう万能なぬいぐるみさんの誕生ですよ。
もう新種の生き物名乗ってもいいんじゃないかな。
実際、お母様も試してるっぽいんだよね。メリーたちの学習能力というか、進化の速度みたいなのを。
初めの頃はたどたどしい話し方だったのが今では流暢に話せるし、歩き方だってもう不自然さはない。
ぬいぐるみが歩く姿に使用人ですらも違和感も覚えない現状が既に不自然な気もするけど、その点は以前真夜中に自動運転の訓練と称して戦乙女たん(中身のない全身甲冑)を屋敷内でウロウロさせた前科のある私から言えることは何もない。それでもあえて言うのであれば、我が家の使用人は多少の出来事では動じないエキスパート集団だという賞賛の言葉のみである。
だからね。
メリーとマリーが今はどれだけのことが出来て、これからどこまで進化する可能性があるのか。
彼女達の主として、私にはそれを知っておく義務があると思うのだ。
……下克上とかを怖がってる訳では無いんだよ? ホントだよ?
メルクリス家の使用人にはソフィア関連の特別賞与がいくつかある。
ソフィアの特別性に関する守秘義務、ソフィアが怪しい行動をしていた時の報告義務などがそれに当たる。
お嬢様のお陰でお給金が増えるとして、ソフィアは使用人たちの間でかなりの人気があった。




