子供部屋の主
王家主催の生誕会の当日。
通常通り、家族と共に会場へ入り、一通りの挨拶回りを済ませた後。大人たちが仕事の話をし始めた頃に呼びに来たメイドさんに連れられて、私は別室へと案内されていた。
そして現在。
既に就学前の子供が集められているという部屋に入った瞬間から目に飛び込んできた光景に、私は眩暈のする思いだった。
「うわあ! ふわふわね!」
「あまい! おいしい!」
「こんなのみたことない!」
大勢の子供たちと、その面倒を見る何人かの大人達。そして、部屋の中央にでんと置かれた綿菓子機を使って、やたら上手な綿菓子をいい笑顔で量産し続けるアーサーくん。
この部屋の主が誰か、ひと目でわかる光景だった。
部屋に入ってすぐに動きを止めた私を、扉近くにいた子が不思議そうに見上げてくる。
綿菓子の芯材だろう、その手にもった木の棒をぺろぺろと舐める姿は貴族のお姉さんとして叱ってあげなくてはという思いを駆り立てるものの、同時に綿菓子を広めた者として、その甘い誘惑に子供が我慢なんて出来るはずもないという諦めと理解も感じてしまう。
ていうか別に、私は綿菓子を広めてはいないんだけど。
なにやってんのアーサーくん? 誰か止める人いなかったのかな?
「あっ、来たかソフィア!」
その時、一区切りついたアーサーくんが私に気付いた。
部屋の支配者、最高の地位を持つ人物が私の名を呼んだことで、一斉に視線が向く。その圧力にちょっとたじろいだ程だ。
だが、そんな弱気はおくびにも出さない。
「こんにちわ、アーサー様」
優雅に。美麗に。淑やかに。
男の子も女の子も憧れたくなる様な素敵なお姉さんを殊更に意識して、愛しくて大切な存在に向ける瞳に微笑みをプラス。トドメにふんわりと温かな空気を膨張、増幅させて部屋中に行き渡らせることによって、聖女たる私の笑顔を目にして身体が自然とリラックスしたという事実を強制的に作りだした。
その手間をかけた演出の効果か、子供も大人も一瞬、確かに息を飲んだ気配がした。
ただしアーサーくんを除いて。
私の挨拶にぽかんとした顔を浮かべていたアーサーくんは、静寂が支配する部屋の中、みんなの注目を集めたままに納得の表情を浮かべた。
「ああ、そういう事か。ここにはうるさく言う大人たちはいないからいつも通りの失礼な態度でも大丈夫だぞ、お前がそんなに大人しいと何か企んでるんじゃないかって不安になるし。あ、お前も食うだろ? 作ってやるから待ってろ、綺麗に作れるようになったの見せてやるよ!」
いい笑顔で言いたいことを言い切った王子様は、そのまま綿菓子機に向き直ると、新たな綿菓子を作り始めた。周囲の微妙な空気を完全に放置して。
……王妃様。いや、この際王様でもいいや。
アーサーくんの教育どうなってんの。紳士って言葉の意味をもう百万回くらいよく言い聞かせておいてくれませんかねえ???
子供の視線も痛いけど大人の視線がより痛い。同情するくらいならいっそ笑い飛ばしてくれ。「子供は素直ですからね! ハッハッハ!」的な。……いや、それはそれで泣くかな。
とりあえずお仕事を始める前から折れそうになった心にそっと精神魔法でやる気を継ぎ足し、アーサーくんの元へと近付いた。
「アーサー様は相変わらずですね。それより、ここで調理する許可はちゃんと出ているのですか? 部屋の匂いが凄いことになっているのですけど」
とりあえず、態度は崩さず話題を変える。それができるお姉さんへの第一歩だ。
ヘレナさんのトコで会った時みたいに即おしおきできないのは増長させる危険にもなるけど、それより部屋中に蔓延するこの甘ったるい匂いがすごい。対子供向けの切り札としてお菓子もいくつか準備してきたけど、こんな匂いの中にいては食欲もわかなそうだ。
「うん? ちゃんと母上から許可は得たぞ。みんなにも振る舞うと伝えたら褒めて貰えた!」
真剣な眼差しで綿菓子機から目を離さないまま、自慢げに語るアーサーくん。
キミはどこの職人さんかね。とっても可愛いんだけどお持ち帰りはおーけーですか?
もちろん許されるはずもないので目の保養をするに留めて「良かったですね」と褒めておいた。返事はなかったが口角がニヨッと上がった。ぎゃんかわいいっす。
でも、そうか。権力最強のアーサーくんがいるならこの仕事、思ってたよりもかなり楽に済むかもしれない。
想像よりもよほど平和な部屋の様子に安堵しつつ、私はアーサーくんが楽しそうに綿菓子を作る様子を眺めていたのだった。
……でもこの比喩じゃなく甘いこの空気だけは、どうにかなんないかなぁ……。
今日の綿菓子パーティーが楽しみすぎて前日は夜更かししちゃったアーサーくん。
だが皆に美味しい綿菓子を行き渡らせるまで、彼は休む訳にはいかないのだッ!!




