表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
598/1407

王妃様の依頼


 アイラさんに私の秘密を話したあの日から数日。


 私は、のんべんだらりと過ごしていた。


 アイラさんの反応が思っていたよりもかなり好意的で、熱烈な褒め倒しの反動でしばらく休んでいたかったという見方もある。

 だが、しっかりと休んで英気を養いたかったという真っ当な理由もあるのだ。


 卒院式が終われば学院は冬の休みに入る。それは同時に、冬の社交シーズンの始まりでもあるわけで。


 毎年大人たちが情報交換する場についていっては頭の中で様々な妄想を繰り広げ時間を潰してきた私ではあるが、この冬からは事情が変わった。


 国から結婚しちゃダメと言われてる私は見合い話が飛び交うあの戦場に出ていいの? メルクリス家の娘として動いていいの? それとも、家から離れた聖女としての意識でいた方がいい?


 よく分かんないので、お母様に全部お任せします! と相も変わらず他人任せな私を見越したように、お母様から一枚の手紙を預かったのだ。


 今日はその手紙の約束の日。

 私を聖女として猛プッシュする王妃様から、聖女である私への、お仕事の依頼日だった。



「こんにちわ、聖女ちゃん」


「こんにちわ、王妃様」


 にっこりと笑いかけられ、同じように笑顔を返す。


 笑顔でありながら底が知れない。

 久しぶりに会った王妃様は、記憶にあるままの姿となんら変わりはなく。

 どー考えても未熟で未成年な私一人の手には余りそうだった。


 緊張を悟られたのか、ふふ、と優美な笑みを零す王妃様。その目は優しげに細められている。


「そんなに固くならなくも大丈夫よ。子供たちと一緒に遊んでくれるだけでいいの。難しく考えないで、楽しんでくれればいいのよ」


 今日の依頼内容は、冬の社交に集まった貴族の子供たちの遊び相手。

 大人が話している間の邪魔にならないよう、別室で子供たちの相手をするお仕事である。


 聞くだけでも疲れそうなそのお仕事は、子供たちに関するとある噂を知っている私からしたら、とても簡単に考えることなど出来なかった。


「とても元気な子供が多いと伺っています」


 元気というか、やんちゃというか、悪ガキというか。


 とても。とても不本意なことではあるんだけど、リンゼちゃんが言うには私の影響で王都には少しずつ悪意を持つ子供が増えているらしい。


 悪意という、こちらの人には耐性のない感情を持つ子供たち。


 なんか近年できた貴族の集まりに、子供に苦労する親の会があるってのは聞いた。

 皆さんとても苦労しているようだ。


「そうね。きっとお友達と遊べるのが楽しくて、つい夢中になってしまうのでしょうね」


 そう柔らかく言われるとほわっとしてしまうけど、私の聞いた話はもうちょっと激しい。


 人が遊んでいる玩具を奪う。

 反撃して身体を突き飛ばす。

 服を引っ張って引き倒す。

 喧嘩の始まり。


 そうやって喧嘩しながら子供って成長していくんだよね、と思う私には信じられないことだけど、たったこれだけの流れがこの世界の大人たちには理解できない。


 まず「欲しいものは奪う」という観点が大人たちには無いので、必然「奪われた」という感想も浮かばない。反撃は反撃ではなく、突然行われた凶行に映る。いや、凶行にすら見えていなかった。その因果関係を理解したのは最近だと聞いている。


 彼らの言葉に置き換えると、子供の喧嘩はこう見える様だ。


 遊んでいる子供の手から、別の子供が玩具を取り上げた。

 取られた子供がその子を押すと、押された子は倒れる。

 倒れた子は起き上がろうと立ったままの子の服を掴んだが、一緒になって倒れてしまう。

 何故か倒れたまま傷つけ合い始めた。


 何故玩具を取り上げるのかも、取り上げられたら相手を押すのかも、床に倒れた子の上に必ず倒れてしまうのかも何も理解出来ず、ただ、傷つけ合うまでの行動には決まった流れがあるということに気付いたに留まるだけだと言うのだから、常識が違いすぎて唖然とする他無い。


 親も大変だろうけど、子供も大変そうだよね。理解されないのって案外キツいし。


 そして私に過分な信頼の眼差しを向けてくるこの王妃様も、その大変な親の一人なのだ。


「でも聖女ちゃんはそういった子達の相手が得意でしょう? アーサーもよく貴女の話をしてくれるのよ。だから聖女ちゃんなら、安心して任せられると思ってね」


「光栄です」


 未成年にいざと言う時の責任が重そうな仕事を任せるのはどうなんだと思わなくもないけど、私向きの仕事ではあると思う。子供の考えが理解できるってのもあるけど、ほら、私って人に感謝されるの好きなので。困ってる人を助けて感謝されるのは悪くない。


 初めは生意気盛りだったアーサー君も今やすっかり私のお気に入りだし、他の子供も美形揃いだと思うとちょっと、いやかなり、期待が高まる。


「私に出来る最善を尽くすとお約束します」


「それなら安心ですね」


 美少女と美少年に囲まれて暖かい部屋で楽しく過ごす冬とか、かなーり素敵な気がする。


 私はまだ見ぬ子供たちを想い、笑みが浮かべた。


原因はソフィア。解決するのもソフィア。感謝されるのもソフィア。

……悪い子の大元に相応しい、見事なマッチポンプである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ