彼女たちの願い
ソワレさんの勧めに従い、言い争う二人から少し距離を取った場所で優雅なティータイムとさせてもらった。
BGMにお熱い話し声が聞こえるというのは難点だけど、私は修羅の国より天国で生きたい。
もう一つ席を用意して座ってくれないかと頼んでも拒否をされてしまったけど、ソワレさんとこうして落ち着いて話ができるだけでもこちら側が間違いなく天国であると実感できる。こうしてお茶を飲みながら何にも怯えることなく話のできる幸運を、とても嬉しく思った。
「まずは謝罪を。アイラ様の暴走を止めることができず、申し訳ありませんでした」
「……あれは暴走なんですか?」
いつもと変わらないように見えたけど、実は酔っ払ってるとかだろうか。
だとしても私についての感想に嘘は無いのだろうから、私の悲しみにとってはあまり変わらないことではあるけれど。
「アイラ様は、ソフィア様に命を救われました。そのことをとても感謝していらっしゃいます」
ソワレさんは「もちろん私も感謝しております」とにこりと笑った。私は頷いて続きを促す。
「ソフィア様に何かご恩返しはできないか。そう願っても、ソフィア様には不要だと答えられ、アイリス様も同様に感謝だけで十分だと仰られました。しかし、私共の気持ちは収まりません」
確かに言った覚えがある。
ようやく言葉が発せるようになった頃、アイラさんは自分の身体も動かせない状態でしきりに感謝ばかりを告げていた。その姿があまりにも痛々しくて、「なら早く元気なお姿を見せて下さい」と多少無茶な注文をした。
本人にその気がなくともエッテがもりもり回復させちゃうので早く元気になるのは確定事項だった。だから何の問題もない満額回答だと思っていたけれど、精神的に弱っていて未来にまだまだ不安が残る人がそれでも心からの感謝を捧げてくれたのに対して、主治医の立場である私は「礼なんかいらないから早く退院しろ。煩わせるな」と取られるような回答をしたのだ。ぶっちゃけ最低よね。
そんなつもりはなかったのおぉぉぉ!! と思うも一度口に出した言葉は取り戻せない。
後になってから「やっぱ元気になるのゆっくりでいーよ♪」などと言う訳にもいかず、私はそりゃもう真摯に検診することでアイラさんの回復を無理なく早め、無事に最速で日常生活を送れる身体に戻す事に成功したのだった。
魔法の力ってすんごいよね。
「感謝の証として、喜ばれる何かを返したい。そう願っても、私共はソフィア様の喜ばれる物を知りません。預かっているお金もメルクリス家から頂いた物で、本来であれば私共の為に使われるお金では無いのです」
プレゼントに自分のお金を使いたい気持ちはわかるけど、貴族って家のお金使う方が普通じゃない? と思ったけど、よく考えたらアイラさんはお爺様の家の所属だった。メルクリス家は父の家名だ。
冷静になってアイラさんの現在の立場を考えてみたが、私がお母様に指示されるままにアイラさんを連れて来たのが誘拐の実行犯に当たる可能性に行き着いて、そこで思考を中断した。
犯罪は意図して行った場合と、騙されて行動させられた場合とで罪が大きく変わる。
私は子供なので何も知らないし何も気付かなかった。それが唯一の真実である。
公爵家の娘さんの誘拐? 聞いたこともないね。
「どうすれば恩を返せるのかとアイラ様と二人で頭を悩ませていた時、アイリス様よりご相談を受けました」
完全に白紙に戻した脳裏にソワレさんの言葉が響く。
今はソワレさんの話に集中しよう。
「それはソフィア様に関するご相談でした。私共はまだソフィア様との関わりが浅い為、外から見た忌憚のない意見が欲しいという事で色々とお話をされました」
と思ったけど、やっぱりあんまり聞きたくない。
先程これ以上なく忌憚のない意見を述べてくれたアイラさんが、あれ以上忌憚のない意見をお母様に伝えていたなど知りたくなかった。
私は心を無にして、カップに視線を落とす。
揺れる波紋で遊んでいる間にも、ソワレさんの話は続いていた。
「アイラ様はアイリス様の姉君です。ご成長されたとはいえ、幸いにもアイリス様はアイラ様のよく知るままの部分も多く、これなら助言ができそうだとアイラ様も大変喜んでおられました」
喜んでたのー。いいですねー。
できればその喜びを私にも分けて欲しかったと心底思う。
「それからソフィア様の考え方を知り、アイリス様との関係を知り。今日こうしてお互いのズレを正そうと場を設けられたのです。……お互いの、というよりは、アイリス様の認識を正すだけで終わってしまいそうではありますが……」
そう言って、ソワレさんは未だハッスルする二人を見遣る。私もそちらに視線を向けた。
……認識を正す、ねぇ。
アイラさんが何に気付き、何を間違いだと思っているのかはともかく。
私の喜ぶものは美味しいお菓子だということだけは、オススメのお店の名と共にソワレさんに伝えておく事にした。
お茶菓子って大事だよね。ボリボリ。
時代が昔で止まっている主人とその従者が用意したお茶菓子は、ソフィア的には美味しいものではなかったらしい。




