真のラスボス
「少し時間を貰えるかしら?」
そんな言葉から始まったアイラさんとの突発お茶会。
きっと、私は油断していのだろう。
まさかアイラさんからのお誘いで、こんな騙し討ちのような行為が行なわれるなんて考えてもいなかったのに!!
「どうしました? 私がいるのがそんなに不思議ですか?」
呼ばれて向かった部屋には、アイラさんだけではなく、お母様も居て。
しかも話の内容が「私を甘やかし過ぎているんじゃないか疑惑の検討」だなんて聞いてない。
「どうしたのソフィアちゃん? ほら、ここに座って?」
そう言って笑顔を向けてくるアイラさんは、いつもと変わらない態度で優しそうに見える。けど、この場に私を呼び出したのは間違いなく彼女だ。
もう何も信じられない。
人の信頼って儚すぎない……? と絶望して、私は強く目をつむった。
……という夢を見たんだ。
お茶会に呼ばれたら、何故かお母様とお母様のお姉さんに断罪される場だったとかいう悪夢を、私は見ていたんだ。
だから、きっと大丈夫。
この目を開けたら、目の前には違う光景が広がっていて、私は普通にお茶とお菓子とお喋りを楽しむ――
「ソフィア。諦めて早く席に着きなさい」
「……ハイ」
――なんて夢想は、現実のお母様にバッサリと切って捨てられた。
夢なんてなかった。全ては悲しい現実だった。
あーあ。こんなことなら元気になったお父様も連れて来れば良かったなあー!
情熱の騎士物語でもおねだりして、恥ずかしがるお父様とお母様をいじり倒してれば話も逸らせたかもしれないのに、ほーんと失敗したなあー!
そんな事をぐちぐち考えていたら、お母様から更なる叱責が飛んだ。
「ソフィア。良からぬ事は考えないように」
考える自由まで取り上げないで下さい。
エスパーお母様に心の中で涙目になっていると、思わぬ所から援護が来た。
「ちょっとアイリス。なんでさっきからソフィアちゃんにそう高圧的に当たるの? そういうのが嫌いだって、あなたお父様に散々反発してたじゃないの」
「え、いえ、その……我が家ではこの子を叱る役目は、私にしか出来ないから……」
「それにしたって叱り方ってものがあるでしょう。見なさいソフィアちゃんを。叱られるのを怖がってこんなに縮こまっちゃってるじゃないの。理不尽に押さえつけるだけでは反発して当然だってあなたが言ってたんじゃないの」
すごい。何がなんだか分からないけどアイラさんすごい。
我が家のラスボスをこうまで簡単に抑え込める人を私は今までに見た事がない。あのお爺様だってお母様にはたじたじだったのに、身体的には最弱のアイラさんがまさかここまでお母様に強いとは思わなかった。
もっと! もっとビシッと言ってやって! 私をいじめないよう言い含めておいて!!
心の中でアイラさんに全力でエールを送っていたら、何かを察知したお母様にギロリと鋭い視線で睨まれた。私は即座に顔を背けた。
「あっ、ちょっと言ってる傍からいじめないの! あなたがそういう態度だからソフィアちゃんだって聞き流すのが上手くなるんだから! ソフィアちゃんが素直じゃなくなったのはアイリスのせいでもあるんだからね!」
やーいやーい叱られてやんの〜と調子に乗っていられた時間は僅かだった。
「聞き流すのが上手い」と言われて、ん? となった直後、「素直じゃなくなった」と言われて頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
……私、アイラさんにそんな風に思われてるの? え、どこから? え、いつから??
ショックに頭が混乱する中、振り返ったアイラさんが今度は私を標的に定めた。
「ソフィアちゃんも、ちゃんと反省しないからアイリスだって言葉が過激になっていくんだからね? 表情を取り繕うのが随分と上手みたいだけど、私やアイリスにはそれ、通用しないからね。いつも叱られてる時にちゃんと反省してる? 『早くお説教終わらないかなぁ』とか考えてるんじゃない?」
お、おお、おおおうおう。
やめてエスパーやめてエスパーは血筋ですか!?
アイラさんの指摘が的確すぎて不意打ち気味に心臓の深くまで刺さって血の涙で溜め池ができそうな勢いなんですけど! 急所を狙う時はせめてもっと優しく抉って!!
視界の端でお母様が愉しそうに目元を歪ませたのを確認しながら、私は必死になって言い訳を探す。
「あの、ごめんなさい。でもあの、決してお説教を軽んじている訳ではなく、」
「あ、ちょっと待って。今のかもしれない」
え、なにが? と答える間もなく控えめに突き出された手によって私の言葉は遮られる。そして当のアイラさんの視線は私ではなく、お母様の表情を仔細に見ていた。
……なんだかよく分からないけど、ひとつだけ確かな事がある。
現在の我が家のラスボスはお母様ではない。
その姉であるアイラさんだ!!
真に騙し討ちに遭ったのは、ソフィアを窘めるつもりでやって来たハズなのに娘の前で叱られる姿を晒す羽目になったアイリスではなかろうか。
これぞ喧嘩両成敗。喧嘩してないけど。




