元気のお裾分け
空気の読めるソフィアさんは、早々に退散しました。
いや無理だって。あの空間に居続けるの。
本気モードになったヘレナさんを誇らしげに見るシャルマさんからチラチラと申し訳なさそうな視線を向けられて、「空気読んで今日は帰ってくれないかしら……」的な心の声が聞こえてくる気がするんだもの。
優しい優しいシャルマさんは間違ってもそんな言葉は口にはしないと分かってはいても、そう思われてるかもしれないって事実だけでも十分に心にクる。
そんなわけで、ヘレナさんと遊んで元気も出たし、美味しいお菓子でリフレッシュもできたしで当初の目的は果たせたと判断した私は、シャルマさんに嫌われる前に大人しく帰ることにしたのだった。
ヘレナさん、研究がんばってね!
◇◇◇
闇水晶を弄りたそうにしてるヘレナさん、新魔法について質問してる時のお母様に近いものがあったな、とか考えながら思ったよりも早く家に帰宅することになった私を待ち受けていたのは、どんよりとした様子のお父様でした。
「ただいま戻りました、お父様」
「……ああ、ソフィアか。おかえり」
暗っ。
事前にお母様から「ソフィアのせいでもあるのですからなんとかしなさい」と言われていなければ、挨拶を済ませたら面倒を避けてさっさと部屋に戻っていたかもしれない。そのくらいには面倒くさそうなオーラを放っている。
でも私、お父様のこと結構好きだからね。私に出来ることがあるなら力になるのは当然だよ。
……面倒そうだなーと思ってるのも事実だけども。
「お父様、なんだか元気がないですね。どうかされたのですか?」
座っているだけなのに嫁に逃げられた愛妻家みたいな雰囲気がビンビンのお父様に淑やかに近付き、机の上に置かれていた手に手を重ね、労わるように包み込……もうとしたがサイズ的に不可能だったので、両手を使ってお父様の手に被せてみた。
シャルマさんが私にしてくれたようにしようと思ったのだけど、なんだか想像してたのと大分違う。
恐らくテーブルが私の胸近くまであるせいで身長的な余裕とか腕の長さとかが足りなくて、私の想定した「優しく手を包み込む女性」の動作が「手を掴もうと両手を伸ばした子供」状態になってるのが主な原因だと思う。
心配そうにお父様を見上げる表情を崩してはいないが、私の内心は羞恥心で割といっぱいいっぱいだ。
理想とする大人の女性への道のりが遠すぎて涙出そう。ぐすん。
「……ソフィア」
でもお父様は私に構われるだけで大喜びする人なので細かい事とか気にしない。雰囲気と表情さえ取り繕っておけば私の意思を余すことなく汲んでくれる。
親バカな行動さえなければ流石イケメンと納得できるだけの社交スキルを身に付けた、我が家の社交担当なのだ。
そのお父様が、私の顔を見て控えめに微笑んだ。
「ソフィアはこんな俺でもお父様と慕ってくれるのか?」
お母様、話が違う。
これ聞いてた以上に面倒くさそうなんですけど!!
私がお父様を言いくるめて家を出た後、お兄様に「娘の気持ちを分かっていない」と責められて反省したってだけの話じゃなかったの? これ落ち込んでるっていうか折れかけてるよね? 答え方間違ったら修復不能になりそう。
えーとえーとと必死に頭を回転させて、とりあえずお父様の気分を向上させる事にした。
「もちろんです。ソフィアは優しいお父様をいつだってお慕いしているのですが……もしかして、伝わっていませんでしたか? だとしたら、とても悲しいです……」
しゅーん、と落ち込んで見せると、お父様はすぐに慌てて「いや、勿論伝わっていたとも」と弁解してくる。
たとえ面倒くさい感じになっていようとも想像通りの反応を返してくれるお父様の事が私はとても好きだよ。
「良かった……! お父様が大好きだという気持ちがきちんと届いているようで、ソフィアも嬉しいですっ」
落ち込んだ様子から一転、えへへ、と照れながら喜んで見せると、それだけでお父様も、でへへ、とイケメンにあるまじき顔でだらしなく笑う。とてつもなく扱いやすくていっそ心配になるね。
でもそんなお父様が私はホントに好きだよ。
完全に機嫌を直したお父様だったが、「でもソフィアは……」と滑らかになった口で続けた。
「ほら、ソフィアはロランドにべったりだろう? だからお父様のことはあんまり好きじゃないのか、なんて誤解をだな……」
「お兄様はお兄様ですもの。お父様の事ももちろん大好きですよ」
それは比べる相手が悪い。
お兄様と比べたら誰だって好きじゃなくなるに決まってるじゃん。
お父様を大好きだとするならお母様の事は大々大好きくらいだし、お兄様に至ってはもはや計測不能。スケールからして違うのだ。
蟻の力が強いって話してる時に「でもゴジラの方が強いよね」とか言わないでしょ。お兄様への愛を他の人への好意と比べるってのはそのくらい意味の無いことなの。
だから何度だって言えちゃう。
「ソフィアはお父様のことが、大好きですよ?」
この気持ちは本当だからね!
父親の感情を自在に操る少女ソフィア。
その巧みな操縦法は、幼い頃から父と姉のやり取りを見たり、また母の言動を参考にしたりすることで次第に洗練されていったようだ。




