闇水晶の価値
存分に私を叱り倒したお母様は、自分が叱責に愉悦を感じていた事に遅ればせながら気付いたのか、最後の方にはちょっと気まずそうにしていた。
けど慣れない叱られ方で心身ともに疲弊していた私には、その隙を突こうなんて余力が欠片しか残されていない。
責められる間にすっかりと冷めてしまった紅茶をちびちびと飲みながら、お説教の時間が終わりそうな気配に安堵するばかりだった。
「……ところで、聞きそびれていましたが」
んんっ、と空気を変えるように喉を震わせたお母様が、努めて平静を装いながら話し出す。
なぜ平静を装っていると分かるのかといえば、それは今までのニコニコサド女王とは違い不都合な何かを誤魔化そうとしている気配を明確に感じ取れたことと、いつもの鉄面皮風ではあってもよくよく見れば頬がちょっぴり赤く染まっていて、内心では羞恥に悶えているだろうことが容易に想像できたからだ。
……調子に乗って自滅してる辺り、本当に私のお母様なんだなって実感して、ちょっとほんわかした。
私のお茶目はお母様譲りらしい。
「今日はヘレナに渡す希少な素材を探しに行ったのですよね? 良ければ見せて貰えませんか」
まあ無理ならばそれで構いませんけれど。
とでも続けそうな顔をしていながら、その仮面の裏から「希少な素材、すっごく見たい!!」と叫ぶ副音声が聞こえた気がするのは、果たして私の気の所為だろうか。
ヘレナさんの研究にはお母様も一枚噛んでたハズだから協力者であるお母様に見せるのは何の問題もない。
私はお母様の要望を快く了承すると、アイテムボックスから取り出した闇水晶をひとつ、机の上にコトンと置いた。
それを目にしたお母様の反応は劇的だった。
「……これは!?」
ガタッとはしたなく音を立てて立ち上がるという、お母様にしては有り得ない行動をしたかと思えば、次の瞬間には闇水晶を慌ててハンカチで包みキョロキョロと周囲を見回した後、執務机に走り寄って引き出しの中に荒々しくしまい込んだ。
……取られた?
突然の奇行を目の当たりにしてそんな感想が浮かんだが、すぐさまその考えを否定する。
こんな堂々とした物取りがいるわけない。
もしも我を忘れるほどに欲しがってた素材だとしても、お母様ならもっとスマートに略奪するはず。……多分。
「何を考えているのですか!!?」
気の緩んでいたところにお母様の本気の怒声が響き、私は心の中で「何も考えてませんっ!」と恭順しながら背筋をピシィッと伸ばした。過去最高の着席姿勢だという確信がある。
普通に怒られたいとか思ってごめんなさい。
私、普通に怒られるのも嫌です。怒られない子になりたいであります……。
「早くしまいなさい。早く」
「はい」
鋭い視線を向けてくるお母様に対して「やだーお母様ったら、今しまったトコじゃないですかー」なんて言えっこない。
私はお母様の指示するまま、引き出しを開けて、闇水晶をアイテムボックスの中に戻した。
「……ふう」
お母様、安堵の溜息。
私にも心の安息を下さいと上目遣いで見上げてみれば、お母様は私の顔をじっくりと観察した後、そりゃもうとっても深い溜息を吐いた。
「……とりあえず、座りましょうか」
なんだかとてもお疲れのようだが、私は悪くないと思う。
怒りが呆れに変換されたようなお母様の態度を不審に思いつつ、先程の行動の意味を聞いてみたところ、驚くべき事実が判明した。
「闇水晶はまず市場には出ません。あの大きさならば、貴女が大好きな魔石が五個は買えるでしょう」
「五個」
私が大好きな魔石はコスパと実用の兼ね合いが最強な中〜大サイズなので、一個の値段で貴族の一部屋賄ってお釣りが来る。五個もあれば敷地に建物だって建っちゃう。
「闇水晶は光を吸収します。吸収した分だけ水晶は小さくなり、その代わりに莫大な魔力を生み出します」
「小さく……」
アイテムボックスの中に手を突っ込んで先程の闇水晶を手触りで確認してみる。
ハンカチに包まれていたので気付かなかったが、闇水晶は取り出した時の半分近い大きさに縮んでいた。ついでにハンカチを回収してお母様に返しておいた。
「つまり貴女は、それだけ希少な素材を投げ捨てるような真似をしたのです。どれだけ愚かな事をしたのか、理解しましたか?」
「はい」
思った以上の高値にも驚いたけど、希少な素材を無駄にする事でお母様が本気で怒る事が何よりもよく分かった。
なので。
「闇水晶の正しい取り扱いについて教えてくれませんか? お礼としてひとつ差し上げますから」
提案した途端、クワッ! って。お母様の目力がマックスになった。
その視線を受け流しながら鷹揚に頷く。
「運良くいくつか採取できたので、お裾分けします」
そう口では言いながら、脳内では別の計算が止まらないやめられない。
小サイズで魔石五個分。
なら、いっぱい採れた中くらいのや大きいのだと……? へへ、えへへへ……?
お兄様! 私気付かないうちに、億万長者になってたみたいです!
その後、希少さ&扱いづらさを理由にアネットに買取を拒否され、自称億万長者さんはまた不良在庫を増やした。




