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普通に怒ってお願いだから!!


 何故か流れでお母様に告白めいたことをしてしまった。


 いや、逆か? 私が告白されたのか?


 お母様の愛はきちんと届いています。なんて、むしろ自惚れが過ぎて自滅したんじゃないか?


 冷静になったら負ける気がして、私は考えるのを止めた。



 そして。


「……ふふ」


 何故か笑いだしたお母様の反応を恐る恐る窺えば、細められた目の端にキラリと光る何かが……って、え? うそ、泣いた!? お母様が!?


 自分の言葉の威力に驚いていられたのも束の間。


 完全に油断していた私は、続くお母様の信じ難い言葉を、何の心構えも出来ないまま聞く羽目になってしまった。


 お母様は、涙を拭いながら仰いました。


「これからは安心してソフィアを叱れますね」と。


 ん、ちょっと予想外の事が連続してて耳がバグったかな? 今変な聞き間違いしたよね。


 あー耳が、耳がおかしくなっちゃったなー!

 なんかぁ、顔と言葉が合ってないっていうかぁ、聞き間違いであって欲しいと願わずにはいられないっていうかぁ、もっと優しい現実を求めてたっていうかぁ……ぐすん。


 やめてやめて聞きたくない、と笑顔の裏で涙目になってる私に向けて、お母様はさながら慈母のような、いっそ胡散臭い笑みを浮かべてニコリと微笑んだ。


 うわあ。いい笑顔なのに作り笑いじゃないとか新しいね。


 明らかに何かが吹っ切れちゃってるお母様の様子を肌で感じ、私の心は悲嘆に暮れた。


「早速叱ってもいいかしら?」


 ……なぜ!?


 涙目で首を横に振ってもお母様の笑みは崩れない。


 し、心臓が、心臓が痛い。早鐘を打ってる。

 誰かこのお母様止めてぇと周囲に救いを求めると、私の後方で静かに控えていたリンゼちゃんと目が合った。その動じない姿勢のなんと心強いことか。


 助けて私の救世主様!!


 縋る視線で主従アイコンタクトを送ると、リンゼちゃんはお母様をチラリと見て、小さな動きで首を二回横に振った。


 神は死んだ。


「ソフィアは私が叱る理由に納得しているのでしょう? その上で叱られるようなことをしているのですから、当然、叱責も罰則も覚悟の上なのですよね?」


 私の気分が下降した分お母様が元気になってくのツラい。


 ていうか、罰則……? 罰則だと!?


 あの、あの、あのあのあのの!!

 なんだこのお母様怒ってる時より怖い!! これホントに怒ってないの!? それともまさか、私のサドっ気はお母様の血か!?


 笑顔で責めの手を加速させ続けるお母様に、私はすぐさま白旗を献上した。


「分かりました、お叱りは甘んじて受けます。けれどその前に、こちらのお菓子はいかがでしょうか? 特別な材料を使ってお母様の為だけに作った、疲れも吹き飛ぶ美味しさのお菓子で――」


「以前友人と作っていたものですね」


 ……なんで知ってる!? な、内通者は誰だァ!!


 アイテムボックスからブツを取り出すまでもなく矛盾点を指摘されて、私の賄賂計画は始まる前から潰えた。


 あああ、もう! その見慣れない顔でニコッとするのやめてぇ!! 本当に心臓に悪いの! 私のノミの心臓がプチってしちゃうからァ!!


 耳に痛い程に激しさを増す心音を聞きながら、それでも私はお母様の慈悲を得るために、僅かに残された気力をかき集めて精一杯の笑顔を作った。……作ろうとした。

 失敗して引き攣った笑みになった。悲しい。


「とっても美味しくできたんですよ」


「頂きましょう」


 それでも、悲しみの分くらいの成果はあったらしい。


 友人は味見役だとか、お母様の事を想いながら作ったとか、つらつらと考えていた言い訳を口にするのは失敗したけど、結果的にはそれが良かったのかもしれない。


 なんにせよ、食べさせてしまえばこちらのモノだ!!


 リンゼちゃんに特製カップケーキを渡して配膳してもらう。


 お母様はまだ笑顔だ。嬉しそうにニコニコとしている。

 その様子がいつ爆発するか分からない時限爆弾のようで大変心臓に悪い。さっきから寒くて身体が今にも震えだしそうなのに、お母様に見つめられているから素直に怖がることもできない。とりあえずこの空気が少しでも緩むことを願ってへにゃりと力の抜ける感じで微笑んでみた。お母様もニコリと笑った。寒気が増した。


「美味しいですね」


 ……え? それだけ?


 渾身の特製お菓子作戦も失敗に終わった事で、私はようやく、抵抗の無意味さを知った。





 もう煮るなり焼くなり好きにして……と絶望した、その後。


 私は叱られ続けた。


 やれ一時逃れるだけでは何の解決にもならないだの、やれ忙しいと知っている私の手間を何故増やすのかだの、嬉しそうにニコニコしたお母様にひたすらに叱られ続けるという拷問を体験した。


 困った娘だこと、とでも言いたげに頬に手を当てつつ叱るお母様が、いつもよりよほど楽しそうに見えたのは、どうか私の頭の異常であって欲しいと切に願う。


 私は悟ったね。


 普通に怒られるのって、とっても恵まれた事だったんだな、って……。


「ソフィアは本当、全然反省しないわよね」


「ごめんなさい。反省してます」


 ……笑顔ってこわぁい!!


憂いが晴れ、心置き無く叱れるようになった彼女の本気を、ソフィアはまだ知らない。


知らずにいられる幸福にも、この時はまだ、気付いてはいなかったのだ……。

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