秘技!リンゼちゃんのお茶会!
おやつにする? お風呂にする? それともぉ〜……お昼寝にしちゃう〜?
そんな数々の欲求を順番に消費しようとした私は、お風呂が終わった途端にお母様から呼び出されるなんて露ほども考えてはいなかった。
お母様、今日は忙しいって言ってたじゃん! せめておやつの後にして!
という文句を面と向かって言えるはずもないので、行動で示してみることにした。
コンコンとお母様の執務室をノックする。
「ソフィアです」
「入りなさい」
入室の許可を確認し、扉を開いて中に入っていったのは、お茶会の準備に必要な道具を満載したカートを押すリンゼちゃんだった。
「失礼します」
「……? 何故貴女がここに?」
入室の許可を出したにも関わらず、入室したのが私ではないことを訝しむお母様がリンゼちゃんに説明を求める。
うむうむ。予想通り、リンゼちゃんを矢面に立たせることで不機嫌さを回避して驚きと戸惑いを持たせる事に成功したようだね。
お母様にも堂々と対応できる幼メイドちゃんは、ともすれば疎んでいるようにも聞こえる言葉に動じもせず、尋ねられるままにその目的を述べた。
「ソフィア様から『お茶会をするので準備を整えるように』と指示されましたので」
あーちょちょちょ。ちょっと待って。一番大事な「お忙しいお母様を労う為に」という一文が抜けてますよ。そこ忘れちゃダメじゃないかな。
言い直すように指示を出すべきか迷っている内に、扉の影からこっそり覗く私はいとも容易く発見されてしまった。
「……ソフィアもそんなところにいないで、入って来なさい」
「はい」
お? 怒ってない? 怒ってないね?
すごい。リンゼちゃんがいるだけでお母様が怒らない。なんて素晴らしいんだろう。
お風呂とお菓子で心身リフレッシュ計画が崩壊したかと思ったけど、この分なら思ったよりも心穏やかにおやつの時間を楽しめるかもしれない。
そう思えたのは、お母様に笑みを向けられるまでの事だった。
「相変わらずリンゼさんを好きに使っているようですね」
ニコリと作り物の笑顔が向けられただけで、私の背筋が自然と伸びる。
そ、そりゃお母様がリンゼちゃんのこと女神様だって思ってるのは知ってるけど、でもその本人が望んで私の使用人やってるわけで、決して嫌がる事を強要したりはして……あ、あんまりしてない? と言うか……。
……リンゼちゃーん! へるぷみー!!
「お待たせしました。準備が整いましたのでこちらへどうぞ」
「はいっ!」
今すぐ行こう! すぐ行こう!
部屋の隅に即席で作られた小さなお茶会用スペースに飛びついて、用意されたお菓子に目が釘付けになっている振りをしながら「今日のお菓子も美味しそうですねー」なんて白々しく言ってみたりして。
お母様から意図的に視線を外して内心ドキドキしていると、やがてお母様も軽い溜息と共に立ち上がり、こちらの卓へと移動して無言のままに着席した。
……許された? 執行猶予ついた感じ?
リンゼちゃんすんごぉい! 部屋に戻ったら褒めてあげちゃう!!
お母様が座ると同時にスっと紅茶が差し出される。お茶会の始まりだ。
とはいえ私の目的はもう達成されている。
呼び出された場にリンゼちゃんを連れ込むことで「もういいから部屋に戻りなさい」とお説教の短縮が狙えるんじゃないかと思ったわけで、正直なところお母様に許されて一緒にお茶をするというこの事態は想定外に近かったりする。
忙しそうなお母様に息抜きを提案という気持ちがなかったわけでもないし、この機会に久々に穏やかな母娘の交流ってのも悪くは無いんだけどー……。
さて、何を話そう。
「ソフィアは、今日はどこへ行っていたのですか?」
先手を取られた。身体がピクリと反応する。
それで気付いたんだけど、私ってお母様の言葉やたら警戒してるよね。警戒するのも当然なほど叱られまくってるからそれが自然っちゃ自然なんだけど、今のは不意打ちだったからか、いつもより冷静に状況が見えた。
この会話の入りって、実は本お叱りへの準備段階じゃなくて……話題の提供が下手なお母様なりの歩み寄りなのかもしれない! ……そんなような気がする!
期待させておいて落とされる不安もあるけど、見方によっては私の反応を気にしているとも取れるお母様の細かな仕草。それは不安そうな、と形容することもできる……のかもしれない! 違うかもしれない!
母娘の穏やかなあははうふふな展開を本当にお母様がお望みだったのなら、私は幸せへと到れるだろう。
だが、全てが私の勘違いで、これから叱ろうと思ってる時に脳天気な返事をしていると認識されれば、私は「反省の色なし」として苛烈なお叱りを受ける事になるのだろう。
正直に話して、心穏やかな会話という細い糸に縋るか。
言葉を弄して、今まで通りに激しい叱責から逃れるか。
私の選択は――
「家から出たのを確認して直ぐに追いかけましたが見失いました」
「庭師も見かけてはいないそうです」
「正門でも通していないと」
「そうですか」
家から出ていないハズの娘が消え失せるミステリー(常習犯)。




