洞窟の最奥
マッピング完了。
分かれ道のどちらを進もうか迷っている内に洞窟内の地形を完全に把握できたので、浸透した魔力に目標物の情報を追加した。ポポポンと反応が返る。
んー……、左の道の方が多そう。
初めて来た場所でも迷わずに進める便利さに感動しながら、私はゆっくりとこの洞窟の最奥を目指した。
「おおぅ……そーきますか」
長い洞窟の最奥。の、ちょっと手前。
あらかじめ洞窟の内部を把握していなければ行き止まりにしか見えない場所にあったのは、ちいさな泉。そしてこの泉に身を投じて行き着いた先が、私の目的とする最奥の場所だった。
魔力だけで探ってるとこーゆー事があるってのは勉強になったね。
縦に曲がりくねった道とも言えない道と、そこに満たされた大量の水が、目的の反応までの行く手を阻んでいる、と。
内部も微妙に狭かったりして通りづらそうだけど、だからこそ誰にも採取されずに済んでいる貴重な素材がたんまり残っているのだと考えれば、むしろこれは運が良かったと言えるのかもしれない。
こんな真っ暗の中を奥の奥まで進んできて、そこから更に水中を通るだなんて、普通は想像しないよね、普通は。その奥に何があるかも分かってないなら尚更だ。
ま、私は奥に何があるか知ってるし、水の通路も大した問題にならないから気にせずこのまま進むんだけどね。
「よっ、と」
水際に降り立ち、身体を覆う適温の空気に魔力を注いで強度を上げる。
その状態で、そろりと片足を持ち上げた。
水の上に一歩を踏み出せば、足の周りの水が逃げていく。
もういっちょと逆の足を踏み出せば、やっぱり水が避けていく。
……楽しいなこれ。
浅い場所で満足いくまで足踏みして遊んだ後は、ふつーに飛んで、水の中に突っ込んだ。
身体は濡れない。どこも濡れない。
私は空気の膜に包まれたまま、地上を進むのと全く同じようにして水の通路を抜けた。
この魔法の万能さよ。
狭い通路を無理やり押し入って壁にガンガンぶつかっても痛くもないし汚れもしない万能さよ。魔法最高。
そんな魔法の素晴らしさに酔いしれながら水面から頭を出すと、目の前にはとても幻想的な光景が広がっていた。
「――――ッ!!」
と思った次の瞬間には、幻想的な風景が視界から消える。
「おおっ!?」
頭を何かに思いっきりぶっ叩かれたようで、水中に叩き返された身体があちらこちらにぶつかりまくる。痛みは無いが、どこが上かも分からない。
うおぅおう〜。目がー、まわーるぅー……。
……何が起きたんだろ?
被害がないのを確認すると、少しだけ冷静になった。
どうせどこにぶつかっても痛みは無いので体勢を整えるのを後に回し、視界の端に一瞬だけ見えた気のする黒い影の正体を掴むため、魔力の反応がある方向へと魔力を伸ばした。
さっきの黒いの、なんだろな……っと!
水を抜けた先の空間。その天井に視点を置いて即座に状況を探ると、予想通り。
一匹の丸い魔物が大量の闇水晶を埋もれるように隠れていた。
……なんだあれ?
巨大なネズミ……いや、モグラ、かな?
なにかはよく分からないけど、あの炎のように揺らぐ輪郭と光を全く反射しない漆黒の体皮は魔物のものに違いない。だったら倒しちゃっても問題ないよね。
上手く隙間にでも入ったのか、頭や身体がゴンゴンと壁にぶつかりまくる中、私は遠隔で得た視界に映る魔物に向かってある攻撃魔法の使用を心の中で念じた。
――《鎌鼬》。
音もない。空気の揺れもない。
魔法の発動に失敗したのかと思うほどの静寂の中、前触れもなく魔物の頭がストンと落ちた。それにやや遅れて魔物の身体が収束を始め、やがてその場にちいさな魔石だけが遺される。
……うん。実戦でもいい感じだね。
視界の届かない遠隔でも問題なく使えるのを確認して、私は今度こそ水の中から顔を出した。
そこに広がるのは、幻想的な光景で。
地面に。壁に。天井に。
辺り一面にびっしりと、闇色の水晶が生えていた。
光の届かない洞窟の最奥で、まるで静謐が形を成したのではないかとすら思える程に清廉な結晶が溢れるこの空間は、時の流れから取り残されているかのような錯覚すら抱かせる。
これがリンゼちゃんの言ってた、魔法陣に転移の魔法を加えるのに必須の素材、闇水晶か……。
確かになんか凄そう。
綺麗だし、採取めんどいし、何故か魔物が守ってたし、とそれらしい理由を挙げていると、不意にお腹が、くー、と鳴いた。
……目的を達成したから気が抜けちゃったのかな?
なんとなく気恥しさを感じながら、とりあえず魔石と、半分ほどの闇水晶を掘り起こしてアイテムボックスの中に放り込み、自宅までは転移で帰る事にした。
物理的に汚れは付いてないと分かってはいても、私は今、とてもお風呂でリフレッシュしたい気分。
お菓子か先か、お風呂が先か。それとも同時にしちゃおうか。
そんなことを考えながら、私は今回の冒険を終えたのだった。ちゃんちゃん。
ステルス状態で空気纏って水の中からニュッと出てくるとか魔物に同情するレベルの酷いドッキリだと思います。
逃げ場のない場所に隠れていた魔物さんに、合掌。




