ヘレナ目線:女神様の手繰る糸
アイリスの娘、ソフィアちゃん。
アイリスの若い頃にそっくりなアリシアちゃんを更に幼くした容姿を想像していたから、いい意味で裏切られた。
そして、やっぱりアイリスの娘だった。
アイリスの蒼い髪は綺麗な湖を思わせる。
清らかで静かで、冷たい。見ているだけで癒されると同時に、犯し難い神秘性を帯びていた。
ソフィアちゃんのそれは彼女以上だ。
銀の輝きは夜の月が迷い込んだかと錯覚させる程の神々しさで、美しい姿に惹き付けられた目が、耳が、彼女以外の存在を一時拒む。
現世に在りながら、隔絶した存在感。
彼女を目にした者は同様の疑問を抱くのではないだろうか。
――彼女こそが女神様ではないか、と。
勿論、そんなはずはない。
部屋をキョロキョロと見回す姿は愛嬌しかなく、神秘のベールは吹き飛んだ。
澄ました顔で挨拶をしつつ私を観察する瞳は貴族の者とは少しだけ違うもので、その目は私の粗を探しているのではなく、面白い部分を探しているのだろう。
彼女の姉であるアリシアが得意気に語っていたものと同じ目だった。やはり姉妹は似るのだろう。
二人とも礼儀作法などはしっかりして見えるのに、内面はちょっぴりお転婆。
本当にアイリスそっくりな子達だ。
先程までの神々しい姿は幻だったのかと自分の感覚を疑うほど、彼女は可愛らしいただの少女だった。
「――《風よ来たれ!》」
ただの少女?
自分がこんなにも人を見る目がないなんて思ってもみなかった。
生徒に何回も唱えさせた、初級の風の魔法。
風が起これば合格で、手を押すだけの威力が出れば将来有望。
私が唱えたって、強い風が一時通り過ぎるだけだ。
ここで教師の真似事をし始めてから何年経ったか。
何百回も見てきた初級のはずの風の魔法が、こんな可能性を秘めていたことにずっと気付かずにいたなんて。
風は、止まない。
少女が楽しそうに体を揺らす度、流れを変えながら、いつまでも風が吹き続ける。
光に包まれながら鼻歌でも歌い出しそうな、そう、まるでそれが簡単な魔法の行使であるかのように自然を操る少女。
ただの少女だなんてとんでもない。
この子は、女神様の愛し子だ。
アイリスの言葉の意味をようやく理解した。
確かに、アイリスも私も、天才なんかじゃなかった。
でもそんなことはもうどうだっていい。
あの神の御業を、私が研究できる!
今までの魔法とは明らかに違う。
何が違う? 全てが違う!? ああ興奮が治まらない! 魔法は、本当の魔法の歴史は今日この日に産声を上げたのよ!
女神様! 私、頑張ります!
「元魔物だなんてとんでもない!あの白い子達は女神様からの遣い!神使に違いないわ!」
ソフィア(とフェレット)の知らないところで、信者ができました。