地道に好感度稼ぎ
すっきりとした目覚めを迎え、朝の日課が終わろうかという頃にアイラさんとばったり出会った。
「おはようございます、アイラさん」
「あら、おはようソフィアちゃん」
「おはようございます、ソフィア様」
相変わらずソワレさんとは仲良しなようで、一緒に屋敷内をのんびりと歩いていたようだ。
「今日も朝から外を走っていたの? 寒さも厳しいのだから、あまり無理をしてはいけないわよ?」
「お気遣いありがとうございます。もう終わるつもりだったのでこの後は温かい飲み物でも頂きながら過ごそうと思います。アイラさんも外に出る時には温かくしてお出かけ下さいね」
「ええ、そうするわ。あまり寒いからと言って閉じこもってばかりいるのも良くないものね」
もう診察の必要ないくらいに回復したアイラさんは屋敷で自由に過ごしている。
最近はお父様やお母様とお話をしたり、趣味の刺繍をしながら暮らしているのだそうだ。
「ねぇ、ソフィアちゃん」
「なんですか?」
「驚かないで聞いて欲しいのだけど、その……アイリスの部屋にかわいらしいぬいぐるみがあるの、知ってる?」
お母様の部屋に……? と一瞬首をひねったけれど、すぐにメリーとマリーの事だと気付く。
私が学院にいる間、私の部屋に取り残される事になる二人は割と頻繁にお母様のところへ通ってるみたいなんだよね。でも、それがどうしたんだろう……?
とりあえず首肯して先を促す。
「その、実はね……」
チラと周囲に人がいないことを確認してそっと距離を詰めてくるアイラさん。
え、なに? 秘密の話?
少し緊張した様子でこっそりと話そうとする姿は、完全に内緒話のそれで。
……えっ、どうしよう。まさかあの子たちが喋るのばれちゃった!?
内心でドキドキしながら審判を待つ私は、またお母様に叱られる事態になるのを覚悟して、息を飲んだ。
「アイリスったら、今でもぬいぐるみに話しかけてるみたいなのよ……!」
ななな、なんだってー!?
大体予想通りだったけど、かなり際どいニアミスだったけど、そんな事より!!
いま!!! 聞き捨てならない情報がありましたよ!!?
アイラさん、「今でも」って言った? 言ってたよね!? よね!?
それってつまりぃ、お母様って昔は……きゃー! お母様ったらかっわいいー!!
メリーたちの世話をなーんか簡単に受け入れるなあと思ってたらそーゆーことかー。前に「服は着替えさせないのですか?」とか聞いてたのもそーゆーことかー。
ちっちゃいお母様がぬいぐるみに向かっておはなししてるのとかそれもう絶対かわいいやつじゃん。
そんな昔なら今ではあまり表情を動かさないお母様でもきっと、可愛い笑顔を咲かせてたんだろうね!
幼いお母様が満面の笑顔を浮かべるのを想像しつつ、私も笑顔で答えた。
「それは是非とも見てみたいですね」
より正確に言うならメリーたちと喋ってるお母様を見て「私の妹かわいい……!」ってなってるアイラさんを見たい。そしてそのあと見られてはならないものを見られて慌てるお母様も切実に見たい。
私はアイラさんといる時の、少し甘えている感じのするお母様がとても可愛いと思うのだ。
「あら、知ってたの?」
それに比べてアイラさんは、残念、と悪戯っぽい笑みを浮かべているところからも読み取れるように、普段からかなり感情表現が豊かに見える。
姉妹でこれだけ違うというのは中々面白いね。
姉妹それぞれの可愛さを噛み締めながら、私は話に相槌をうった。
「くまとうさぎのぬいぐるみですよね? ならそれは、実は私の私物なのです」
「え? そうだったの?」
そうだったのです。
不愉快な男の人をてしてしと足蹴にしちゃう癖があるので、お母様が教育中だったのです。
「お母様に貸してほしいと言われていたので貸していたんです」
「へえ、そうなの……」
アイラさんは何かを深く考え込んでいる。
……私、嘘ついてないから悪くないよね?
お母様に黙ってなさいって言われた情報を伏せながら上手にお話できたと思うんだけど……。
でも若干意識を誘導しちゃった自覚はあるので、もしもお母様にバレたら怒られるという可能性を想像して、私は迷わず保険をうった。
「あの、私、アイラさんともっと仲良くしたいんです。もし時間があれば、このあと少しお話しませんか?」
一瞬驚いた様子だったけど、すぐに笑顔で頷いてくれる。
「私もソフィアちゃんとはもっと仲良くなりたいわ」
にっこりと笑う、嬉しそうな笑顔。
お母様もアイラさんと似てるんだから、もっと笑えばいいのにね。
――こうして私はお母様に勝てる唯一の存在、アイラさんと、また少し仲良くなれた。
いつかお母様の恥ずかしい話を沢山聞きたいと思う。
懲りてない。
全然まったく懲りてないよー。




