三人寄ればクッキング!
「というわけでドーン!」
「ドーン!」
どさりと調理台に材料を広げると、ノアちゃんの元気な声が追従してきた。
それに少し遅れて、マーレもその材料の正体に気付く。
「あっ! これってソフィアの『特製』用の卵でしょ!? 使っていいの?」
「いいんです! 美味しいの為には出費なんて気にしません!」
「ませーん!」
いや、もちろん気にはするけどね。
美味しいお菓子の方が大切ってだけで、私だって「安くて多くて美味しい!」が出来るんならそっちの方が理想だけどね。
でもこのエンゼルバードの卵を使うだけでお菓子のランクがググッと引き上がるんだから仕方ないんだ。
濃厚で味の強いエンゼルバードの卵に、大自然が生んだ森の甘味料、月光の雫……。
この二品の材料を揃えるだけで私の懐からゴッソリとお金が飛んでっちゃうけど、これは私の『特製』シリーズを作る為には必要な出費なんだ……!!
心の中で血の涙を流しながら、頭を美味しいお菓子作りに最適化させてゆく。
貴重な材料を提供するんだ、失敗は絶対に許されないよ……!
「えへへ、ノアこれ好きー」
そんな言葉と共に超々希少な高級シロップである「月光の雫」に指を伸ばして食べようとしていたノアちゃんの腕をガっと掴んでその侵攻を妨害する。
「ノアちゃん、それはダメだよ」
「ええー、でもぉ」
私はかわいい子は好きだし、小さい子も好きだ。ノアちゃんのことも気に入っている。
でもそれとこれとは話が別だ。
「ダメだよ」
「……うん」
にっこりと目を見て丁寧に注意をすれば、ノアちゃんはすんなりと手を引いてくれた。
うん、素直でいい子だね。
「ソフィア、ちょっと顔怖いよ」
マーレが何か言ってるけど、彼女は一体どこに目をつけているんだろうか。
これからお菓子作りをしようとしている女の子が怖いって? こんな女子力の塊みたいなムーブを決めてる私が怖いと? そんなハズないよね。
もしもそんな感想を抱いたのだとすれば、それは彼女もまた、こちら側に足を踏み入れた一人ということになるんだろう。
「お菓子作りは女の子の戦場だからね」
「なにそれ初耳なんだけど……」
ええい、戦場に足を踏み入れた以上、弱音は不要!!
さあ、それでは始めよう。
三人一緒に〜、レッツクッキング!
――はい、というわけで今日のメニューはこちら。特製カップケーキになりまぁす。
作り方はとっても簡単。
こちらに用意した材料を全て混ぜ合わせます。
カップに小分けにしたらオーブンで焼きます。
できあがり♪
わあすごい! こんなに簡単な工程でだれでも簡単にとっても美味しいお菓子が出来ちゃうんですねー!
これぞソフィアさん流お菓子術。
特別な材料による簡単な製菓シリーズ第五弾。
その名も特製カップケーキ!
特別な材料は卵と砂糖以外には使ってない。それでも、だからこそ明確な違いが出る。
それこそ、普通のカップケーキとは別のお菓子と言えるくらいに。
調理場に漂う甘い香りを嗅いだだけでも美味しいと確信できるこの特製のお菓子。
実際に食べるとこうなります。
「ほぁあああ〜」
「んむふうぅ〜」
「しあわせぇ〜」
口に入れた途端にほろりと崩れ、甘みと旨みがじんわりと舌を侵食していくこの感覚。
幸せ過ぎて蕩けちゃう〜……♪
マーレも、ノアちゃんも、お菓子作りしてるのを敏感に嗅ぎつけてやってきたフェルとエッテも。
みんながみんな、恍惚の表情で至福の時間を享受していた。
美味しいお菓子、マジ最高。
「ソフィアちゃんのお菓子、好き……」
「あたしも……。ソフィア、こういうの得意だよね……」
ふふん、もっと褒めるがいい。私のことを褒め称えるがいい!!
……といいたいところだけど、これって完全に材料のお陰なんだよね。
そもそもあんだけ高い材料使って美味しくなかったら二度と買わんわ。
月光の雫はあんな目薬みたいな小瓶ひとつで王都のケーキ二個分。エンゼルバードの卵に至っては、一個でケーキ五個分くらいするんだからね!?
ノアちゃんはともかく、マーレにはその価値を理解した上で、私の寛大なもてなしを全身全霊で堪能して欲しいところなんだけど……。
「はあぁ……おいし……」
もはや心神喪失状態みたいになったマーレは半ば無意識にカップケーキにかぶりついているように見える。
私がわざわざ言うまでもなく、マーレは既に、全身全霊で味わう事のみに集中していた。
その気持ちはよく分かる。っていうか……。
「ソフィアちゃん。なくなっちゃった」
「奇遇だねノアちゃん。私もなくなっちゃったんだ」
ゆっくり食べれるのってマジで尊敬する。
美味しい物って気付くと食べ終えてる現象、あるよね。
あれ? さっきまで食べてたはずなのに、いつの間にかなくなってて……あれえ? みたいな。
「なんでお菓子って、食べるとなくなっちゃうんだろうね……」
「ふしぎ……」
ノアちゃんと二人で世界の神秘に直面していると、マーレが急に、あからさまに警戒しだした。
「……そんなに見ても、あげないわよ」
違うの。
これは本能だから。私の意思じゃないんだ。
子供の笑顔、プライスレス。
自分の笑顔も、プライスレス。
だからお菓子には全力投球。
彼女は決して手を抜かない。自らの欲望の為なら、絶対に――。




