わたしがカメラになろう
ヘレナさんが遮音の魔法に気付くまでお母様はずっと笑顔だった。
ちょっとからかい過ぎたかも。ヘレナさんごめん。
「で、でも、実験は成功ですよね?」
「ええ、最高でした! いやあこれから忙しくなりますよ! ソフィアちゃんさえ良ければこれから研究室に一緒に住みませんか!?」
「お断りします」
何言ってるんだこの人。
えっ、ていうかあの研究室に住んでるの? 乙女力やばくない? 結婚できない理由それじゃないかな。
「ソフィアをあんな不健康な場所に誘わないでください」
「ちゃんと掃除してもらってるし、汚くないのに……」
ブツブツ言ってるけど、そーゆー問題じゃないと思う。
そもそも研究室って研究するための部屋であって住むものじゃないでしょ。
「ソフィアちゃんさえいれば、研究がとっても捗りそうなのになー」
「そう言うと思ったから連れて来たくなかったんです。諦めてください」
お母様にはこの流れが予想できてたみたい。
っていうかヘレナさん、だいぶ緩くなったね。打ち解けてきたってことかな。
「ヘレナさんはその話し方が素なのですか?」
「えー? あっ」
あっ、て。
だらりとお母様に寄りかかっていたのが嘘のように、一瞬で初めて見た時の知的美女が現れた。すごい、大人の女って感じ。裏表の落差が。
「いえ。どうやら先程のソフィアちゃんの魔法で魔力酔いになっていたみたいですね。もう大丈夫ですから」
メガネクイッてしてるけど、さっきあっ、とか言ってたよね。
美人で綺麗で頭も良さそうなのにかわいい。ほんと、お母様の友達にぴったりな人だな。
「そうですね。ヘレナが魔力酔いなんてしたら、この程度では済みませんからね」
「……ア、アイリース……」
魔力酔いが何か分からないけど、ヘレナさんの顔色が悪くなってるから分かるよ。
なにか楽しそうな話してる!
「以前は……あぁ、そうそう。突然子供の様に泣き出して、教授に縋りついたことがありましたよね。あの時は本当に――」
「ちょっと! 本当に言う!? なんでそんないじわるするのよぉ! 私何か気に障るようなことした!?」
これが素のヘレナさんか。
さっきはキリッとしてたメガネさんの子供っぽい顔。かわいいね!
「…………私の恥ずかしい話を、娘の前でしたじゃない」
いけない、これはいけない。
拗ねるお母様かわいすぎ。世界が滅ぶ。いや、私が滅ぶ。
こんな耀かしい乙女らしさ、私には眩しすぎる……っ!
「え? 何の話よ」
「だ、だから……っ」
ヘレナさんがキョトンしてるけど、それどころじゃない。
私は今まで何をしてたんだろう。
日々を怠惰に過ごし、ペットと一緒に食っちゃ寝の生活とか信じられない。
魔法の開発をするならなぜ! カメラを! 作っておかなかったのか!
こんなに愛らしいお母様の姿を残しておけないなんて! 過去に戻って自分を叱り飛ばしたいっ!
「ま、魔女とかっ! 戯曲とかっ! そういうのよ!」
もう脳内で保存しとこ。
過ぎた時は戻らない、だが今! 尊い光景はここにある!
私の頭脳は本のページをまるまま写真で保存したように覚えていられる。
これはもう、私自身がカメラみたいなものだ。
想像力の訓練は魔法を使うために鍛えたんじゃない。
今この時に目に焼き付けた、お母様の大変に愛らしい姿をいつでも鮮明に思い出すために鍛え上げたのだっ!
「え? ソフィアちゃん知らなかったの?」
「そうよ! アリシアにだって必死に隠し通してたのに、ヘレナのせいで!」
「え、アリシアちゃんも? それは…………よく隠し通せたわね」
「大変だったのに!」
ヘレナさんをポカポカと叩くお母様、かわいい。
ぐぬぬ、かわいいお母様を目に焼き付けるのに集中したいのに、話の内容もとっても気になる!
「えぇと…………ごめんなさい」
「もう! もう、もう!」
幼児退行までしてるその姿は恥ずかしくないのかな?
お母様の恥ずかしい基準も謎が多いね。
仲良しな大人たち