笑顔の代償
泣き喚かれるのも辛いけど、黙られるのもキツい。
ネムちゃんが捕獲してきた魔物、ホッケ2号がペットになる未来は無さそうだと理解したのか、ネムちゃんは「そっか……」と静かに落ち込んでいた。
それはもう、見ている方が心配になるほどの凄まじい落ち込みっぷりだった。
ネムちゃんの背後にどんより曇った暗雲が見える。
私もねー、できることなら何とかしてあげたいと思うんだけどねー。今回はちょっと無理そう。
確かにフェルとエッテは元魔物ではあるんだけど、その起源には女神パワーが関わってたりするから、普通の魔物とはちょっと区別して考える必要があるんだよね。
まあその件がなくても、何も無い空間にて体感時間で三百年放置とかいう到底真似できないしできたとしても絶対に真似しちゃいけないような過程も存在していたりして、どう考えてもネムちゃんに話すような内容じゃなかったりとか、私側の事情もある。
もちろんこの鬼畜の所業は私が意図して行ったものでは無いし、三百年って数字も、あの記憶に新しい災厄の魔物討伐時に誤ってアイテムボックスに取り込んじゃったシンが零した愚痴により判明したそれなりに信憑性のある数字で、その時に初めて判明した恐るべき事実であって、つまり私は悪くない。
完全なる事故であることにこの世の女神様さえ認めた純然たる事実であるし、ましてやフェルたちとの初遭遇時に転ばせられまくったからって腹いせに「こいつらムカつくから幽閉しちゃえ。三百年くらいでいいかな」とか思った訳では断じてない。てか本当に、私だってびっくりだよ。
アイテムボックス内の時空は歪んでるっぽいとは知ってはいたけど、精々一時間が十時間に感じる程度だと思ってた。……嘘じゃないよ?
一晩が三百年に感じられるなんてとってもお得だね! ってならないからね。
お兄様の命がかかってたシンの時はともかく、フェルとエッテはそれこそ「ちょっと隔離しとこう」程度の感覚だったから割と罪悪感がある。過ぎたことは仕方ないよねとも思うけど、これが人間だったら間違いなく発狂してるだろうし、私が被害者側だとしたら……まあ、うん。とりあえず報復は確実だよね……。
……フェルたちが優しい子で良かった!
――と、いうわけで。
「断ってくれて助かった」
私は何故か【探究】の賢者アドラスから感謝の言葉を述べられていた。
結果的にネムちゃんのお願いを断った形になったのは事実だが、その「お前も魔物を殺す事に賛成で良かった」と言わんばかりの目はやめてくれ。
私はあんたと違ってネムちゃんに恨めしそうな目で見られると心が痛むんだよ!!
「ううぅ……」
ああもう、ほらあ! また泣き出しちゃいそうじゃんかあ!
……いたたまれない。物凄く居た堪れない。
どう考えたって何度考えたって、あの奇っ怪な魔物を飼育するのは不可能だという結論しか出ないけれど、それにしたってネムちゃんに責められるのは私的には精神ダメージが辛いのであります。
でもなあ、魔物って危ないしなあ。
できれば安心安全な普通のペットで満足してくれないかなってのが本心なんだけどなあ。
ネムちゃんがフェルたちを羨んだのは、きっと動物にはあるまじき格別優秀な知能だろうし、その点で見ればどー考えたって魔物なんかよりはイヌやら鳥やらの方が頭良いんだけどなあ。
「ネムちゃんはどうして魔物を飼いたいの?」
せめてネムちゃんの要望を満たすペット探しに協力しよう。
そう思って発した問いに、ネムちゃんは賢者アドラスの手によって既に魔石と化した元ホッケ2号を見ながらこう答えた。
「……魔王には、カッコイイ魔物が似合うと思ったから……」
なるほど、そう来たか。
魔王と魔物。
定番と言えば定番だ。
あー、そうねー。魔王ネムちゃんが「ふはははは!!」って高笑いしてる足元にかわいいワンちゃんがじゃれついてたらそりゃもうまとめて抱き締めたくなるくらい愛らしいだろうけど、ネムちゃんの求めてる魔王らしさとは大分違っちゃうだろうからねー。
そっかー、格好良さかー、うーん……。
ネムちゃんの言う格好良さって、多分威圧感とかそんなんだよね?
となると、貴族用のペットとして売られてる動物は大抵小さいから論外だし、猟師が飼い慣らす厳つい系の犬や鷹とか、そっち系かな……?
「犬とかじゃダメなの?」
「や。魔物がいい……。魔物が良かったのにぃ……!」
あ、やば。また泣く。
――それから私は、ネムちゃんの愛すべき笑顔を取り戻す為に全力を尽くした。心がファルマさんになるくらいの聖母対応でネムちゃんを慰めた。
その甲斐もあって、ネムちゃんを笑顔にさせる作戦は成功。
未だ不満が残っていそうではあるものの、「魔物をペットにするのは無理」という事もなんとか納得してくれた……が、その為に払った代償もまた、少なくはなかった。
――教訓。
泣き止ますのに、安易にお菓子に頼ってはいけない。
秘蔵の特製シュークリーム……全部食われた……。
幾多の失敗を乗り越え理想のカリふわに仕上がったシュー。
好みの風味と甘さに調節された至高のカスタード&生クリーム。
特別な時用にと取っておいた計五点。全てペロリと食べられちゃいました。
美味しい笑顔、プライスレス。




