魔物の用途
なんとなくそうじゃないかと薄々感じてはいたけど、このホッケ2号なる存在はネムちゃんのペットらしい。
私の目には捕獲されて宙吊り状態にされた危険窮まる魔物にしか見えないんだけど、これがネムちゃんのペットらしい。
魔族の情操教育やべえ。
「その娘に見せて満足したな? ならばもうこいつは処分するぞ」
かと思えばさっくり殺しちゃうらしい。
それはそれで教育に悪い……いや、魔物だしそれが正しいのか? んん? 混乱してきた。
ペットとはなんぞや。と哲学の扉を開きかけた私の耳に、至近距離からの大声が飛び込んでくる。鼓膜をビリビリと震え思考が一瞬で弾け飛ぶ。
聴覚強化してなくて良かったと本気で思った。
「ダメーーーーーーーー!!!!」
ネムちゃん、魂の絶叫。
狭い部屋がネムちゃんの大声で埋め尽くされる。
扉が開いていたら一階にいても聞き取れるんじゃないかと思う程の超大声。
脳が直接揺さぶられたかと思った。
「だがこの魔物は」
「ダメなのーーーーーーーー!!!!」
ぺいっと自身の周囲に無音空間を展開。
範囲内の空気の振動を一定量のみ許可して、耳に届く音量を三割くらいに調節した。
「絶対ダメーーーーーーーー!!!!」
これだけしてもまだうるさい。
早くネムちゃんなんとかしてよとこの部屋の主に視線で訴えかけるも、チラリと一瞥されただけで無視された。相変わらずこの男はメリーがいないと失礼だな。
慣れているのか、大声攻撃を澄ました顔でやり過ごしたアドラスは、「これ以上の大声も辞さないッ!!」と頬を膨らませて怒りを露わにするネムちゃんに対し、つまらなそうに手をひらひらと振った。
「……なら好きにしろ」
「好きにするもんっ!!!」
駄々っ子つよいなー。魔物も気持ち大人しくなった気がする。
警戒しながらも無音の結界を解除して事の成り行きを見守っていれば、未だにちょっぴりむくれたままのネムちゃんに手を掴まれた。
「ほらソフィア、来て!」
手を引かれる先は、どぎつい黄色が眩しいデカ魔物の方向で。
えっ、なに? 待ってやだやだ、私だって魔物は怖いよ!?
「ちょっとネムちゃん!?」
「だいじょーぶ! ホッケ2号はいい子あうっ」
抵抗しながらもジリジリと魔物に近付いていけば、暴れ回るその迫力、その大きさに気圧される。
だが怖がる私に笑顔を向けたネムちゃんがその無防備な後頭部を小突かれた瞬間、私の中から魔物に対する恐怖は消えた。
代わりに湧き上がってきたのは「お前も私の大切な存在に手を出すのか」という明確な殺意で、あまりに純粋な殺意が自分の中に生まれた事を逆に戸惑ったくらいだ。
その戸惑いの僅かの間に。
「痛いでしょ!!」
怒ったネムちゃんが魔物にゲンコツを食らわせていた。
「――――!!」
いや、ゲンコツじゃない。
首輪だ。魔物の首輪を掴んで、何かをしている。
ネムちゃんが首輪を握った時から魔物が明らかに大人しくなったし、……ちょっと信じ難い事だが、少しづつ、魔物の巨体が縮んでいるような気がする……?
うん、やっぱり気の所為じゃない。
ネムちゃんが首輪を握ってると、魔物は小さくなるみたいです。空気が抜ける風船のように、ぷしゅーっと。
……魔物だよね、これ?
「あのね、ソフィアにお願いしたいのはこの子のことなの」
目の前で体積を減らし続ける謎の魔物にびくびくしてると、神妙になったネムちゃんが縋るような視線で私を見てた。
願い。期待。未だ見ぬ未来への憧れ。
キラめく瞳で私を見据え、ネムちゃんはその願いを口にした。
「この子もフェルたちみたいないい子にしたいの! ソフィア、どうしたらいい!?」
「えっ……」
フェル? フェルって、あのフェル? 私に懐いてるラブリーフェレッターズおとぼけ担当のフェル?
真剣な様子のネムちゃんから飛び出した予想外の言葉に一瞬戸惑ったものの。その意味が浸透するにつれ、なんとなく話の流れが読めてきた。
魔物。ペット。いい子。
ああ、そうだ。言われてみれば納得だね。
ネムちゃんはフェルたちのことをやたら羨ましがっていたし、となればこの魔物は研究用に生け捕りした訳ではなく、愛玩用としてネムちゃんのわがままによって連れてこられた訳だ。なるほどなるほど理解した。
とはいえ私は、ネムちゃんの望む答えを持たない。
「いや、無理じゃない?」
私の率直な感想に、ネムちゃんの首がコテンと傾く。
かわいい。
だがしかし、私は心を鬼にしてでもネムちゃんに真実を伝えねばならない。
「その魔物をペットにするのは、無理だと思うよ」
重ねて否定した私の言葉を聞いて、ネムちゃんの笑顔が完全に凍った。
……うわぁ。ネムちゃんのこんな顔初めて見た。
罪悪感すごいわー。
【探究】の賢者、弟子の要求を他人に棄却させるの巻。
耳元で喚かれ続けて流石に辟易としていた模様。
がんばれ元魔王。




