ネムちゃんのいる日常
学院に着いてみたら、ずっとお休みしてたネムちゃんがいた。
「ソフィアーっ!!」
「ネムちゃーんっ!!」
だきっ! と熱い抱擁。
ネムちゃんは相変わらず暖かくって抱き心地の良いピッタリサイズで、私の首元ですりすりと動き続ける頭がとても動物的で――。
「うひぃっ!!?」
くすぐったいなぁもお〜とか思っていたところで、ぞくりとした異質な感触が走った。
神経を直接撫で上げられた様な、刺激的すぎる感触。
い、今……舐めた? 舐めたよね!!? なんで舐めうひゃっおぉぅっ!!? なな、舐めるのやめてぇ!!?
「ちょっ、ね、ネムちゃんん?? な、なんで舐めるのォ?」
「んんー? ……んむっ!」
「んひっ!」
あああああああっ!! カプって、今カプってぇ!!
ネムちゃんのお口によって完全に咥えこまれた私の首筋は、もはや一切の抵抗も許されない弱点にほかならない。
そんな敏感な部位を、ネムちゃんの舌が容赦無く這い回る。縦横無尽に暴れ回る。
ぺろぺろぺろぺろぐりぐりちゅうちゅうぺろりんちょかぷーっ。
「〜〜〜ッッ!!!」
ちょまっ、まっておねがい加減してぇえええええ!! ネムちゃんのテクやんばいっからぁぁああ!! んあああ!!!
表情を取り繕っている余裕が無い。
口からおかしな声が出ないようにするのが精一杯で、頭も働かなければ身体に力も……ッ、てかあのっ、ほんと、……っ、上手すぎません……ッ!?
なんとか離れてもらおうにも、力の抜けた手はネムちゃんを引き剥がすには至らない。口を開いても言葉にならない。
あれ? これもう詰んでない?
――詰んでるよ!!
頭の片隅で冷静な自分が無情な結論を弾き出す。
その僅かな間にも、ネムちゃんの舌技は休むことなく続けられている――!!
「んもんもんもんも」
「〜ッ! んっ、くんんっ!!」
食べないでー! もむもむしないでぇー!
ひゃわあぁぁってなっちゃうから舌で舐め回すのやめてええぇぇぇ!!!
もはや自力での脱出は絶望的。
こ、こうなったら、周りに助けを求めるしか生き残る術はないっ!!
もう涙すら滲んできた目を必死に見開き、助けを乞うべく口を開いた。
「カ、、カァぁあああああっ、ッんんん!!! た、たへぇて……ッ!」
はっっっずかしい!! なんちゅー声出してんだ私ィっ!!
周囲の反応を確かめる余裕はないけど、自分がとんでもない声を出したのは分かる。
ちょうど昨夜、部屋の外に漏れてたとしたらどんな声だったかとよーっく思い出してたばっかりだからね!! って嬉しくないわああああ!!
もうお嫁に行けない……と心の涙を流していると、背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。
「もうその辺にしときなさいよ……。ソフィアに嫌われるわよ」
「んむ!?」
パッとネムちゃんが離れると同時、支えを失った私の身体は、自然と床にへたり込んだ。
ああ、お兄様。申し訳ありません。ソフィアは汚されてしまいました……よよよ。
座り込んだ私の顔を、ネムちゃんがおずおずと覗き込む。
「あの……ソフィア? 怒った?」
怒ってはいないけど、かなりの辱めでした。
と事実を述べるとネムちゃんが泣き出しちゃいそうな気配を感じたので、私は笑顔で「大丈夫だよ」と返しておいた。ってゆーか、腰が抜けて立てない……。とんだテクニシャンだよネムちゃん……!
「ミュラーも、ありがとうね」
「いえ……まあ……」
救いの女神ミュラーにも助けてくれたお礼をと声を掛けたら、何だか歯切れ悪く顔を背けられてしまった。その横顔はほんのりと赤く染まっている。
私はさっきまでの自分の状態を思い出して一気に血の気が失せた。
……私、さっきどんな顔してた?
そろりと視線を巡らせるも、誰もがさっと顔を背けて目を合わせてもくれない。
みーんな「何も見てないよ!」と言わんばかりにあからさまに視線を逸らして、でもちらちらと見てくる。その顔は一様に赤みが強いように思える。
なるほど。つまり私は見るだけで恥ずかしくなるような、そんな顔をしていたという訳だな。ふむふむそっかー。
泣いていいかな?
「……はは」
あははー、もう全員の記憶でも消し飛ばすしかないかなー、まとめて記憶喪失にしちゃうぞー☆ と恥ずかしさのあまり正常な思考が出来なくなったまま身体中の魔力を練り上げていると、慌てたネムちゃんがあわあわとしながら高らかに叫んだ。
「ソフィアの首のお肉おいしかったよ!!」
びっくりして首筋に手を当てるも、異常はない。どこも抉れてはいない。
……肉、ついてるね? 食べられてないね? え、何が美味しかったって? 汗かな?
――相変わらず予想外に過ぎるネムちゃんの言動に振り回されながら。
私はようやく、ネムちゃんがいる日常に戻ってきたという実感に包まれていた。
「ソフィアっておいしーね!」
「その目やめて?」
その後しばらく、ソフィアはネフィリムに見つめられる度に首を抑えていたそうな。




