幸運と、幸福と、過ぎたる幸福
メルクリス家にてカイル肉盾計画の全貌が明らかにされた結果。
なんと。
まさか、まさかの!
お咎めなし!!!
もうね、何度だって言っちゃう。
ソフィアちゃん、まさかのお咎めなしですよ!!!!!
あのね、なんかね、ミュラーがっていうかセリティス家ってのが私の想像以上にすごいトコらしくてね、そこの称号持ち剣士と強制的に戦わせられてたのが既に大問題で女の子を守る為に男の子が戦うのはむしろ当然とかなんとかでね。
私!! 全然怒られなかったの!!!
私はマゾとかじゃないから怒られなくて済むのはもちろん嬉しい事なんだけど、でも正直絶対の絶対にメチャクチャ叱られると思って覚悟してたから肩透かしっていうか、実はさっきから「……なんて言うとでも思いましたか!!?」とかいって騙し討ち説教が始まるんじゃないかと未だ疑っているという状況でして。
あれだね、狐に化かされてるってこーゆーのを言うんだろうね。
狐さん様マジありがとうございます。
これからも是非困った時には化かしてくれるようお願いしたいです。支払いに極上の油揚げ、用意しときますので。
と、まあ。
時間が経った今でも「あれは夢だったんじゃないか」と不安になるような驚きの連続、私の代わりに何故かミュラーの罪状が積み上がっていくというなんともな事情聴取も終わり、私は無事に無罪放免。万々歳。
ミュラーには悪いけど、これも日頃の行いかな! と調子に乗る私に、しかし想像だにしない驚異的な幸運はまだまだ終わりを見せてはいなかった。
それと言うのも――。
「ソフィア、他にして欲しいことは無いかい?」
「んへへぇ。えっとぉ、じゃあ手も繋いでてくださいぃ〜」
なんかね、お兄様がダダ甘なの!!
お母様から解放されたあと誘われるままにお兄様の部屋に着いて行ったら、そこで唐突な「おいで」ですよ!!? お兄様のご要望ならいつでもウェルカムな私でも流石に心の準備がだね!?!
と戸惑っているうちに、ちょっぴり強引に膝枕なんかされちゃったりして、そこになでなでが加わるという黄金セットが完成しちゃったりなんかしちゃって、なのにそれでも飽き足らないのかお兄様はなんとなんと、要望を何でも叶えてくれちゃうオプションまで付けちゃうという、なにこれ私お姫様になったの? お金で買えないプライスレスお兄様なの? な意味不明な程の圧倒的甘やかしで、私は幸せの甘いコンポートに加工されて幸せ漬けで脳が蕩けて世界がヤバいの。
ここまでくれば私にも分かる。もう完全に理解した。
これ私、明日死んじゃうやつだね。
「これでいいかな?」
「……お兄様の手、おっきくてあったかい、です」
「ソフィアの手は小さくて可愛いね」
ぶっふぉあ。堪らんん!!
これはもう明日と言わず今日中に死んじゃうかもしれない。
身体中のどこで血管が破れてもおかしくないくらいに異常な速度で血液がドンドコ生産されてるのを感じるわ。
やー、もう思い残すことないね〜。こんな幸せな最期なら満足だね〜。
なんて思いつつも、折角だからと意外と日に三回くらいしか触れる機会のないお兄様の手の感触をこれでもかと堪能し尽くす私。あ〜んかた〜い、おっき〜い。
しあわせぇ〜。
「……ソフィア」
薬物中毒ってこんな感じなのかな、もちろんお兄様は安心安全最高の合法ですけども! なんてことを考えていると、なんだか色っぽくて男っぽくてドキッとする真剣味を帯びたお兄様の声が私の耳朶をくすぐった。
あふぅ、耳が犯される……お兄様の声しか聞こえない耳にされちゃう……。むしろして。
「……辛いことは、ないかい?」
んへぇ、ツラいことぉ? あ〜それならぁ、この夢のような時間が幸せすぎて、現実に戻る時にちょーっとツラそうかな〜とは思いますね〜。
そんなことを考えながら、私の口は自然に言葉を零す。
「お兄様がいてくれるから大丈夫ですよぉ〜」
ああ、口調が蕩けてる……アホっぽい……でもでも、これもお兄様が素敵すぎるせいなの……。
脳まで溶けたスライムレベルにまで退化した私は、それでも残った本能の力だけで、全身全霊を使ってお兄様の感触を堪能し尽くす。
お兄様の体温。力強い鼓動。力の増した手。僅かに震える腕。
強く閉じられた瞳に、息を呑む気配。
ああ、全く。
お兄様は何をしてても最高にかっこいいね。
「……ああ。僕はソフィアが望む限り、ずっと傍にいるよ」
優しい声。
私をいつでも大切に想っていると、言外に伝わるお兄様の声。
――聞いてるだけで幸せになる、大好きな声。
「……えへ。えへへへ……♪」
はあ……もうダメ。もうソフィアの幸福値は振り切れました。
大好きなお兄様の声を子守唄に。
私の意識はいつしか、深い微睡みの中に沈んでいった。
◇◇◇◇◇
その、夢現の最中。
「……おやすみ。僕の愛しいソフィア」
ちゅっ、と。
額に何かが触れる感触を覚えた。
……今のって。今のって!!?
――その後、破裂しそうな程に高鳴る胸の鼓動をひた隠し。
ソフィアちゃん、一世一代のたぬき寝入りを決め込みましたとさ。
「女性を守る為に矢面に立つ。理想的な男の子ですね」
(意識がなくても盾にはなる。献身的な男の子ですよね)
ソフィアの「肉盾」の概念は非道すぎて、常識的な母親には正しく理解されなかったようです。




