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アイリス視点:距離感


 ……違和感があった。


 王城で見た、ソフィアの小さな後ろ姿に。


 いつも楽しげな背中が縮こまってしまっていたのは、私たち大人のせいもあるのだろうけれど。


 それとは違う、なにか……。


 そう、雰囲気ではなく、視覚の違和感。

 ソフィアの外見に、僅かな変化が起こっている……そんな気がしてならなかった。



◇◇◇



 その違和感の正体は、姉さんの指摘によって明らかにされた。


「ああ、それは髪ね」


「髪?」


 ソフィアのお陰でもう普通に歩けるようになった姉さんは、動く事すら楽しげで。

 部屋の中央で踊るように足を弾ませると、やや大きめの手振りでくるりと反転し、風を孕んで広がった長い髪を見せびらかしながら事も無げに言った。


「ソフィアちゃん、綺麗な髪だからすぐに分かったわよ。後ろ髪のこの辺り。不自然に短くなってたのよ」


「不自然に?」


 ……また何かを始めたの?


 そんな考えが真っ先に浮かぶも、即座にその考えを否定した。


 あの子は自身の容姿を大切にしている。

 長い銀の髪を嬉しげに眺めていることもあるし、粗末に扱うとは到底思えない。


 ……なら、どうして髪が短くなるのかしら? うっかり、とか?


「アイリス……貴女、自分の子供の事くらいちゃんと見ていてあげなさいよ」


 考え込む私に、姉さんの呆れた視線が向けられていた。


 ……わかっているわよ。

 違和感は感じ取れていたのだし、原因に辿り着くのに少し時間がかかっただけじゃないの。


 そう心の中で言い訳をしてみるものの、我ながら無理があると理解しているからか、姉さんの顔を真っ直ぐとは見れなかった。


 そんなあからさまな態度をしていれば、当然、姉さんにも気付かれてしまう。


「……もしかして、まだ仲直りしてないの? この間、怒りすぎたって言ってた件」


 私の肩がぴくんと跳ねたのを見て、姉さんはこれ見よがしに溜め息を吐いた。


「アイリス」


「……私にだって、色々とあるのよ」


 そう、あの時は色々とあった。

 それは事実ではあるのだけれど、だからといってソフィアを一方的に叱りつけていい理由にはならない。それを理解しているから、困っているのだ。


「困ったら言いなさいよ」


 見透かされすぎていて、もはや苦笑する他ない。


 突き放したようでいてその実、信頼の証である言葉を受け取って、私はようやくあの子と向き合う覚悟を決める。


「ええ、そうね。その時は遠慮なくお願いするわ」


「この姉に任せなさい!」


 自信満々に胸を張る姉さんの姿に、二人してくすくすと笑い合った。



◇◇◇



「――時間を割いて頂き、有難う御座いました」


「ふふ、いいのよ? 中々に楽しい時間だったから」


「……恐縮です」


 家の中で女神様に拝謁する。

 この不思議な感覚に慣れることはあるのだろうか。


 ……それにしても、まさかソフィアの部屋に大人の姿をした女神様までもがおられるとは思わなかった。

 ソフィアから連日御降臨されていると聞いてはいたけれど……本当に神々というのは、人には理解の及ばない行動をするのだと思い知らされてしまう。


 ……もしかしたら、そういったところがソフィアを気に入られた理由なのかしら?

 ソフィアもしょっちゅう突拍子のないことをしでかすものね。


 ともかく、ソフィアの髪が不本意に切られたものだという事実は確認できた。


 今はそれさえ知れれば充分だ。



◇◇◇



 空回りしていると、自分でもそう思う。


「母上。それはどうしても今日中に明らかにしなければならない事ですか」


「早い方が良いに決まっています。ロランドだって気付いていたのでしょう?」


 娘の次は、息子に八つ当たり。

 私はいつからこのような愚かな女になってしまったのだろうか。


「それは……そうですが」


 不服そうなロランドの声を聞いても気分が晴れるわけもなく。

 胸の奥に(くすぶ)る嫌な気持ちは、むしろ益々大きくなった。


 親から見れば、子供はいくつになっても手のかかる子供に違いない。


 けれど、子供にだって意志がある。人格がある。

 全てが親の思いどおりになどなるはずなどないし、そうあってはならないとさえ思う。


 だというのに、私は……。


「女性の髪とは特別なものです。子供同士のことと軽く考えられるようでは困ります」


「それは承知しています。ですが――」


 分かっている。この怒りは私の不甲斐なさ故だと。


 勿論、女性にとっての髪が大切なのは言うまでも無いことだけれど。私はそれよりも、愛する娘の為に怒れる母でありたいという己の願望によって動いている。


 ……ソフィアの味方であることで、ソフィアに許されたいと願っている。


「ならば何が問題なのですか?」


「――ソフィアは今っ、苦しんでいるかもしれないのです!!」


 ――ああ、なのに。


 どんなにソフィアを想おうと、純粋な想いの強さではロランドに敵わず。


 私では、ソフィアの心すら気遣えない。


「せめて、先にソフィアと話す時間をください」


「……いいでしょう」


 本当は、こんな言葉が言いたい訳では無いのに。



 ――ああ、どうして。


 私は一体、どこで間違えてしまったのだろうか……。


娘に声をかける度に「びっくぅ!!」されてた母は内心とても傷ついておりましたというお話。

つまりこれもソフィアのせいですね?大概ソフィアのせいですね。

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