カイル、死す
カイル、享年十六歳。
セリティス家の修練場にて訓練中、加減を謝った【剣姫】の一撃を受けて冗談のように吹っ飛び死亡。最期の言葉は「おぉわっ!?」であった。
「カイル……安らかに成仏してね」
「いや死んでねぇから」
瞑目して冥福を祈ると、ベッドから不服そうな声が届いた。
死の淵から蘇ったカイルである。
「おお、カイル。復活したんだ」
「だから、死んでねぇから」
頑なに自身の死を認めようとしないのは当然っちゃ当然なのかもしれないけど。
だが、残念だったな。
カイル、貴様は既に死んでいるッッ!
というか、さっきまで死んでました。
ミュラーやばいよ。うっかりで人殺しちゃうのは流石にやばい。
ミュラーが「あ」っと声に出しちゃうくらい加減を間違えた一撃は、顔の中心にあるとかいう人体の急所を直撃したらしく、その威力は正に必殺。
必ず殺すアタックを顔面で受け止めたカイルは首パキッになってお陀仏してた。
どれだけ綺麗に死んでたかというのは、どうやら重症っぽいと判断して呼び出した治療のエキスパートであるエッテが「キューイ」と匙を投げたといえば、その死にっぷりが分かるだろうか。
どんな病気や怪我も謎パワーで治しちゃうエッテがお手上げ状態。つまり即死。
いつもみたいに「いってぇなぁもう」とか言いながら起き上がってくるのかと思えば、二度と目覚めることも無いとか。
……まあ、許容できませんよね。
幸いと言うべきなのか、カイルが危ない状態であると認識した人達によって詳しい診断は為されていないようだったので、ちゃっちゃと時間を止めてカイルの状態を把握。
首の骨がポッキリなのを確認すると、まだ近くにあったカイルの魂を無理矢理身体に押し込めて時間遡行。カイルの肉体の時間をミュラーに破壊される前の状態にまで巻き戻した。
肉体よし。魂よし。
脈もあれば呼吸もしてる、外見的には完全に元のカイルなんだけど、流石に死者の蘇生は人間相手では初体験だ。
今までの経験からして問題があるとは思わないが、果たして……といった懸念は、カイルが目覚めたことにより払拭された。
ほらみろ、やっぱり大丈夫だった。
「……ソフィア? お前、まさか泣いてるのか?」
「え?」
言われて、慌てて目元を拭うも、濡れた感触はない。
えっ、えっ、と頬をぺたぺた触っても、涙が伝った痕跡はないように思う。
……えっ、まさか鼻水?
それはいやだ、確かめたくない。
「ははっ、騙されてやんの」
慌てふためく私を見てカイルが笑う。
それはいつも、当たり前にあった光景で。
――それが無くなるなんて、思ってもみなかった事で。
「……カイル」
「え、お?」
私はカイルの手を両手で包み込み、胸元に引き寄せ。そして。
「――ミュラーのお尻、堪能できなくて残念だったね?」
その手をもむもむと弄びながら、にんまりと笑って言ってやった。
「なッ!?」
カイル、驚愕。
「もう少しだったのにねぇ。ミュラーのかわいらしいお尻の感触が、もう少しでこの手に味わえるところだったのにねぇ。いやー残念だったね。あんなに頑張って飛びついたのにね?」
感触を想像させるように、カイルの指先で私の手のひらをぷにぷにとつつかせながら、にやにや、にまにまと笑いかけてやると、カイルは面白いくらいに顔を赤くして起き上がった。
「違う! あれは俺の意思じゃない!! つかソフィアの仕業だろ!? 人の背中ドカドカ押しやがって、何度も息が詰まったんだぞ!!」
「えー、でも私遠くにいたしー。きっとカイルのミュラーへの愛が」
「ぜってーお前の仕業だろ!!!!」
ぷぷぷ、顔真っ赤にしてぶるぶる震えてるカイル、ウケるー。
そうしてしばらくぎゃーぎゃー喚くカイルで遊んでいると、不意にガチャリと、扉の開く音がした。
どうやらミュラーの方に着いていた二人が戻って来たみたいだ。
「……カイル? 生きてるの?」
「生きてるって言ってんだろ!!」
ってゆーかミュラーもいた。静か過ぎて気付かなかった。
ポロリと零したミュラーの言葉に、カイルが私と話していた時のテンションのまま答えるものだから、三人ともびっくりしている。
部屋に運び込まれてからもピクリとも動かなかった人が元気に叫ぶ姿を見せてるんだもん、そりゃ驚くよね。
あ、ちなみにこれだけ元気にさせたの私の功績なんで! 褒めてくれてもいいんですよ!
原因作ったのも私だけどね!!!
と一人でドヤったり落ち込んだりしていると、カレンちゃんと手を繋いだままのミュラーが、トサッ、と膝から崩れ落ちた。
「え? お、おい」
慌てるカイル。
カイルのそばに居る私にも、その理由は分かった。
だって、ミュラーが今にも泣きそうだ。
カイルが動いているのを見て、生きているのを見て。感情がもう、溢れそうになっている。
「ああ、ああぁ……」
……奥歯を噛み締めて感情を抑える。
感化される資格は、私には、きっとない。
「うあああぁぁ……っ!!」
人目もはばからずに泣き出したミュラーを見て、カイルが戸惑う。ウォルフは見守り、カレンちゃんが背中を撫でている。
私はその場にいて、一人。
人の死を弄んだ自分の手を、グッと握り締めていた。
軽口を言う直前。
ずっと規則的だった寝息の変化をいち早く感じ取ったソフィアは、それはもう、心底安堵していたみたいですよ。
……あ、これ秘密でしたか。すみません。




