戦いとは無縁の女の子ですので
「疲れた……もう無理……」
「ん、よく頑張ったね。えらいえらい」
ぐちぐち言いながらもちゃんと勉強するミュラーは実際、とても偉いと思う。
はてさて、今日のお勉強もつつがなく終了。
ミュラーは座学全般の基礎固めを。
カイルとウォルフはカレンちゃんを相手にマナーの練習をしたりしてる間に、あっという間にお開きの時間がやって参りました。
ミュラーがカイルたちの方に参加したそうにしてたりもしたけど、ミュラーはマナー実習の成績は悪くない。
今は得意を伸ばすよりも、苦手を埋める時期なのだ。
「それじゃあ私はお兄様の所に行ってくるね!」
ま、もう勉強の時間は過ぎたんだしミュラーの事はいいや。
今日の分の手合わせは勉強前にした初日の分のやり過ぎを突っつきまくって帳消しにさせたし、あとはもう家に帰るだけ!
お兄様と! 家に帰る! だけ!!
ああ、それはなんて素敵な一時なのだろう。
思わずスキップでもしたくなっちゃうね。ふんふふ〜ん♪
「じゃあ俺らは先に帰るか。またなミュラー。一人でもちゃんと勉強しろよー」
「また明日、学院で」
「ソフィア、またね! あ、あとっ、今度は私とも戦ってね!」
「やだ! またね!」
カレンちゃんの要求を鎧袖一触に切り捨てて、私は振り返らずに前だけを見て進む。
空気が読めない? いいえ、それは違います。
これは断る勇気というのです!!
「容赦ねぇな……」
背後からカイルの呆れた声が聞こえたけれど、これは仕方のないことなんだ。
人には出来る事と出来ないことあるからね?
◇◇◇
みんなと別れた足で本日二回目となる道場へと向かうと、そこはやはりというべきか。汗にまみれた男たちの濃厚なフェロモン漂う、むさ苦しい空間となっていた。
何もかもが元通り。
床板直すの早いですね。
「おお、ソフィア嬢か!」
いち早く私に気付いたバルお爺ちゃんが声を上げると、ちらちらと視線が向けられたのが分かる。
休憩している人たちが「おい……」「ああ……」と意味ありげなやり取りを交わすのを見るに、だいぶ注目されているようだ。
うーむ、これはやっぱり……。
ちょぉーっとミュラーの攻撃を避けすぎたかなぁ?
あの速度は反応せずに無防備に受けるのが正解だと分かってはいるんだけど、でもあれ、全部顔に向かってくるんだもんなぁ。流石にあれを顔面で受け止める勇気はないっていうか、怖すぎて半ば無意識で避けちゃってるし……。
しかも今回の件でミュラーには寸止めする気がないことが判明したので、私の対応は間違っていなかった事が証明されてしまった。
「相手は達人なんだからどーせ寸止めするでしょ」なーんてたかを括っていたら、今頃は剣姫様の《加護》付き木剣を顔面で叩き折る脅威の石頭女として名を馳せて……うおお、そんな未来は恐ろしすぎるぅぅ!!
私は見た目通り、か弱く可憐で無力な少女。
お兄様の助けがないと生きていけないのっ、きゃるるんっ☆ な方向性を目指しているというのに、そんな少女が石頭て冗談にもならん。
いざとなったら私のおでこで危険を跳ね返しちゃうぞっ♪ きゃるるんっ☆ ってなったらそれ、もう完全にヒロイン枠からはみ出してるでしょ。誰からも求められてない色もの枠なんて死んでもゴメンだ!
「御機嫌よう、剣聖様。先程は設備を損壊させてしまい申し訳ありませんでした」
とりあえずお兄様を引き取る前に、バルお爺ちゃんにしっかりと挨拶をしておく。
できる妻は主人の交友関係にもしっかりと挨拶を……なんてね! なーんちゃってね! えへへ!
「なぁに、ソフィア嬢が気にする必要は無い。あれはミュラーの不手際よ。彼奴は技術は達者でも、未だ心が出来上がっておらんでな」
幸い手合わせで床を破壊したことはそれほど怒っていなかったらしい。それを聞いて一安心である。
……ミュラーへのゲンコツ、すごい音がしてたからね!
てゆーか心が未熟な達人ってそれ一番危ないやつじゃないかなーなんて思うんだけど、そこらへんは……まあ、あまり人様の家の事情に首を突っ込むのも良くない、かな?
余計な口出しはミュラーの歯止めが利かなくなった時に改めてさせてもらおう。
「彼奴には対等に競える友人がおらなんだ。ソフィア嬢であれば、良き好敵手足り得ると思っておったのだが……」
ミュラーの心配事を語るバルお爺ちゃん。チラチラと、大人気ない察してくれアピール。
「私などでは力不足でしょう」
にっこりと笑顔で拒絶を返しておいた。
今日の、見てましたよね?
好敵手ってのは技の練習台とは違いますよね?
ていうかミュラーがあの調子じゃ、近いうちに本当に綺麗な一発を貰いそうだ。なにか対策を考えとかないと。
「……まあ、無理強いはできんからな」
今日は聞き分けのあるお爺ちゃんで助かります。
「近頃はヴァレリーの娘も驚くほどの伸びであるしな。儂も負けてられんわ」
かと思えば、ニタリとイタズラっぽい笑みを浮かべるバルお爺ちゃん。
鍛錬に集中していた人達の気が乱れたのを感じた。
……みなさん、頑張れ!
……一方、皆を送り出し、部屋に一人残ったミュラーはといえば。
「……やっぱり顔を狙うのは効果的ね。剣を打つとわざと試合を終わらせられる可能性があるし。となると一撃に重きを置いて……」
ソフィア打倒の計画が着々と進んでいた……。




