それはきっと気の所為ですね
「頭が、頭が痛い……。もう勉強なんかできない……」
「その痛みを噛み締めて反省しなさい」
ミュラーの得意技は床の破壊だと判明してから、いつもの勉強に使っている部屋に場所を移して。
私はそこそこ御立腹だった。
ミュラーってばマジで手加減無さすぎ。
てか髪斬ったのはホントにひどい!
なによこの髪!? 端っこが変な感じに段々になっちゃってるじゃん! 全くもー!!
とりあえずくるりんぱして違和感の少ないようにはしたけど……うぅぅ。
家に帰ったらリンゼちゃんに整えてもらわなくちゃ……。
「でもっ、二人の戦い、すごかったよ!」
そしてカレンちゃんから再三贈られるこの賞賛の言葉も、そろそろ恥ずかしかったりする。
凄い闘いと言えば聞こえはいいけど、実際はほら、ねぇ……?
ミュラーの激しすぎる猛攻に為す術の無い私が、始終無様に翻弄されていただけなんだから誇らしく胸を張れるはずもない。
むしろ褒められれば褒められただけ己の醜態を思い出してしまい、穴があったら入りたい気分になってくる。あ、もちろんミュラーが空けた床穴は汚そうだから却下で。
まあ見世物としてならさぞかし面白かったでしょうと自信を持って言えるけどね。
紙一重な場面も多かったし、アクロバティックな避け方をしてた自覚もあるから。どちらも切羽詰まった結果というのがとても悲しいところだけど。
……何度思い返しても私、逃げ回ってばっかりだったね。
そもそも……うん。
……やっぱりミュラーって、私の頭しか狙ってなかったよね?
三連撃の二段目が視界の外から襲ってきた時だって、頭のあった位置を元木剣という名の凶器が通り過ぎていってたもんね?
実はミュラーって試合にかこつけて私を亡き者にしようとする悪の組織の一員とかじゃないのかな。
そう思って見てみれば、頭が痛いアピールをしながらなんとか勉強を勘弁してもらおうと無駄な抵抗を続けているミュラーが、その正体を隠すためにあえておマヌケな姿を演じているようにも…………見えないね。これっぽっちも見えないね。やはりミュラーはただの戦闘狂で決まりだね。
でもそうなると、私は今日から毎日この戦闘狂の相手をする約束がある訳で……。
お兄様。ソフィアは心が折れそうです。
「でもソフィアにケガがなくて良かったよ。最後の一撃なんて、俺には完全に決まってたように見えてたし……」
「あれな! ソフィアがボケーッとしてるから俺も『あ、これは死んだか』ってつい思ったもんな! ソフィアってホントしぶといよなー!」
おい、言い方。
まるで黒い悪魔のように呼ばれるのは甚だ心外だけど、それも心配の裏返しだと分かっていれば怒りも湧いてはこない。
煙がおさまってから顔を見せた時、みんなすっごくホッとしてたもんね。
心配を掛けた分くらいは寛容にもなるさ。
「ソフィアってなんでもできそうなくせしてやたら危なっかしいんだよなー。抜けてるっつーか、調子に乗ってるっつーか。見てるこっちの身にもなれって感じでさー」
……うん。
心配の裏返しだと分かっていれば、あんまり、怒りは……少ししか……沸いてこないかな……。
……今のところは、だけどね……?
カイルの話を聞いてるとそのうち我慢が出来なくなりそうだったので、気持ちを切り替えてミュラーの勉強を見ることにした。
「ミュラー、そろそろ始める準備を……なに?」
頭が痛む演技をしていたミュラーが、いつの間にか眉間に皺を寄せて、睨むようにして私のことを見ているのに気付いた。
なぁにこれ。睨み返せばいいのかな?
はーい、私が剣姫様に殺されかけた聖女だよ☆ 何か用かなっ? 受けて立っちゃうゾ☆
「……ソフィア。私の最後の攻撃、あれは受けないで避けていた、わよね……?」
「うん」
そーだよ?
ミュラーは別に唐突ににらめっこがしたくなった訳ではなさそうなので、何事も無かったように顔を戻して普通に答えた。
避けはしたけど、あれはなんか、もう「避けれた」って感じだよね。生存本能のなせる技っていうか、身体能力の限界突破っていうか。
もちろん身体強化の魔法による動体視力や運動能力の向上がなければ成し得なかった事だろうけどね。
……思い出したら、ちょっとお股がヒュッてなったわ。
トイレが近くなったらこれミュラーのせいだな。
「……そうよね」
ミュラーも問いはしたものの、私の返事は分かっていた様子。
その上で何か納得できないことがあるみたいだった。
「あの時、確かにソフィアが避けるのを見た。見たのだけれど……でも、何か手応えがあったような気がするのよ……。ソフィアは何か心当たりは無い?」
「無いですね」
ははっ、心当たりとか。ははは。
めっっっちゃあるわ。
それってあれよね、私が体勢変える為につい空間に固定しちゃった木剣だよねきっと。床が抜けても浮いたまま! あら不思議! だった奴。
すぐ解除したはずだけど……まあバレてないなら平気かな?
「心当たり無いです」
「なんで二回言うの?」
それはもう、大事なことですので。
剣聖が誇る剣姫と引けを取らぬ戦いを繰り広げた者として、その日、ソフィア・メルクリスの名はセリティス家に知れ渡った。
それ即ち。
――戦いの日々の幕開けである。(幕開きません。……多分)




