剣聖道場の突発イベント
……さて。
私は今、非常に難しい問題に直面している。
口は災いの元、って言葉があるけど、あれホントだね。
知り合いが困ってたからって軽い気持ちで身元保証人を引き受けた人が借金地獄に落とされる気持ちを、今なら少しだけわかる気がする。
「さあ、ソフィア。準備はできた?」
得物をちゃんと練習用の木剣に替えたミュラーがもう待ち切れないという表情を隠さずに言う。
「……………………うん」
準備はできてる。できてるけどぉ。
私たちの手合わせはミュラーの家にあるバルお爺ちゃんの訓練場を借りて行う。
そこまではいい。そこだけならいい。だが。
……場所が借りれるって言うなら、普通「あ、その日は道場お休みなんだねそっかー」って思うじゃん? それが普通の思考じゃん? 営業中の店舗の中で「こんにちわーオーナーの孫娘でっす! ちょっとこの辺借りるけど気にしないでね!」って友達とわいわいする人がいますか? いないでしょう? いないと思ってたんだよ私は!! だから!!
――壁際に整然と居並ぶ、大勢の男の人たち。
――身体中が汗だくになるほど疲弊しているだろうに、誰一人として休憩中といった風情はなく。
――その瞳は、私とミュラーがどれ程の剣士なのかと見定めていた。
こんなに見物客がいるなんて聞いてない!!
しかもその中には、まさかのお兄様まで含まれている!! こんなの……こんなのどうしろっての!?
お兄様にもお母様の意思に背いてやんちゃしちゃうお茶目なところが……じゃ、なくて!
こんな濃厚な男臭いところにいたら、それだけで頭がクラクラして、変な気分になっちゃう……でもなくて!!
ちょこっと打ち合って負けるだけのつもりだったのに、審判には「お互い全力を尽くす様に!!」と顔面が語っているバルお爺ちゃんがいるし、お兄様はお兄様でいつも家で見ているよりもやや凛々しいお顔で「頑張ってねソフィア」なんて優しく微笑みかけてくれてるしで私はもう一体どうしたらいいの!!?!?
当初の予定通り負ける?
でもそうするとバルお爺ちゃんが「もっと真面目にやれ!」って再戦させるでしょ。聞き流して何回も負けるでしょ。お兄様が「お前の妹弱いな」ってバカにされるでしょ。私がそいつに場外乱闘仕掛けて叩きのめすでしょ。乱暴者な妹の姿をお兄様の前に晒しちゃうでしょ。ダメだねこれ。
なら、逆に速攻で勝って終わらせる?
ダメだ、それこそ悪手だ。カイルたちだけならともかく、ここには観客が多すぎる。【剣姫】の称号を持つミュラーに勝つのは私の為にもミュラーの為にも良くない。この選択だけはありえない。
なら、いい勝負を演出する?
……【剣姫】様といい勝負って、どうなの?
「ミュラー、程々にね」
「ソフィアも、まあ……なんだ。……がんばれ。色々と」
「二人ともがんばってね!」
ミュラーと一緒に、友人たちの声に手を振って応える。
カレンちゃんの声援に癒されますわ……。
「両者とも、準備は良いな? ではこれより、【剣姫】ミュラー・セリティス対【聖女】ソフィア・メルクリスの試合を始める!!」
審判役のバルお爺ちゃんの声で、野次馬……ごほん。観客の人達の期待が高まったのを感じた。
「いよいよか……」
「あの子、聖女なのか。ロランドの妹だろ?」
「あんな小さな身体でお嬢と戦えるのか?」
「それがどうも、師範も一目置く実力らしい」
「お嬢のライバルらしいぞ」
「マジでか?」
マジじゃないです。大嘘です。そんなでデタラメ信じたらいけません。
ひそひそ話って有用な情報も多いけど、ツッコミ待ちかってくらい適当な話も転がりまくってるから聞き耳立てるのに慣れてくると心の中でツッコミを入れる機会が増えるよね。どーでもいーけど。
はあ、にしても全く、ミュラーってば。
誰が誰のライバルだって?
私はそんなものになった覚えはないんだってば。変な話を言いふらさないで欲しいね。
「では、両者位置につけ!」
結局余計なことを考えている間にタイムアップ。作戦を立てる時間はなくなりましたとさ。
指定された位置に立ち、距離を置いて向かいあったミュラーは「遂にこの日が来た!!!」みたいな輝く笑顔で私を見ていた。
とても獰猛な笑みで素敵だと思う。よっ、剣鬼さまー。
「ソフィアと再戦できるこの日をずっと待ってたわよ」
ざわっ! ざわざわっ! と賑やかしの男の人たちがざわめく。
やめて。そーゆーこと言うのやめて。
私とまともに戦いたいなら今すぐそのお口にチャックして。
「剣士って剣で語るものだと思ってたよ」
「ふふ……、そうね。いまさら言葉は無粋よね」
幸い単純なミュラーはこちらの挑発に簡単にのってくれた。
だからそこの人。「おお……」とか言うのやめて。
私も言ってて結構恥ずかしいんだからあんまり過剰な反応しないで聞き流して!
はあ……。もう作戦とかいいや。早く始めてさっさと終わらせよ。
私の心が折れる前に。
あれこれ考えはするものの、結局は「なるようになれ」と思考放棄して開き直る飽きっぽさ。これが聖女である。
……傍目から見たら、思慮深い上に思い切りが良いと、言えるのかもしれない。




