避けられない戦い
さて、今日もやってきました放課後、ミュラーの家でお勉強のお時間です。
昨日の話では私とミュラー以外は自由参加と決まったのに、二日目の今日にして欠席者はゼロ。皆様学習意欲に溢れていて大変よろしい。
……なんて理由だったら良かったのにね。
分かってるさ。みんなが本当は、勉強しに集まったんじゃないってことくらい。
勉強する気もないことはないんだろうけど、主目的は別にあるんでしょう?
大体危機的状況かつ自宅開催のミュラーはともかく私まで強制参加っておかしいでしょ。これ報酬発生しないよね? お友達が困ってたからって自主的に手伝うボランティアのはずだよね?
前世で近所に住むタっくんの勉強を見た時だって終わった後には感謝の印としてケーキやらノグチさんやらが頂けたというのに、ミュラーの勉強を監督して貰えるものはミュラーと模擬戦を行う権利のみ。
あのね、ミュラーさん。
人と戦うのって、普通は報酬としてカウントされないんだよ? 知ってた?
あと「試験が終わるまでは本気は出さない」って条件付けたはずなのになんで明らかに使い慣れた様子の実剣持って出迎えに来たの? ソフィアちゃんなーんにもわからないわぁ。あ、お空あおーい☆
「自分がやるわけじゃないのに、なんだかドキドキしてきたな」
「ソフィアとミュラーって学院では絶対戦わないからな」
「今日の試合、楽しみすぎて…………楽しみ!!」
ああ、愛らしいカレンちゃんが早速戦闘モードになっちゃって……。
しかもこの子、今日家の用事があったのに無理してこっちに来たらしいんだよありえなくない?
あと試合じゃなくて模擬戦だから。かるぅーい手合わせだから。そこんとこ間違えちゃメーだよ。ミュラーもそんなアブナイの握りしめて嬉しそうにニマニマしないの!! それ絶対使わせないからね!?
「……っていうか、ホントにやるの?」
いやそりゃね、毎日勉強を頑張るご褒美に手合わせをしてあげるとは言いましたし? そこに不満はないんだけどー。
まだ約束する前だった昨日の分はしなくても良くないかなぁ。良くないんだろうなぁ。
「殺るわ」
まあ止まらないよねぇ。
闘る気まんまんのミュラーが戦いを前にして引くわけがない……というか、今ちょっとニュアンスが変じゃなかったかな? あくまで手合わせ、模擬戦ですよ?
やる気のありすぎるミュラーに当てられてちょっぴり辟易としながら連れられたのは、いつかも来た事のある広い稽古場で。
暑苦しい男達の熱苦しい気合いの籠った声とむさ苦しい気配が近づいてくるのを感じながら、「え、こんなに人がいるトコでやるの?」と思って愕然としていると、その中にたった一つだけ、まるで不快度指数の高いサウナ室に突如現れた蒼く輝く氷細工の様な、圧倒的な麗美さで全ての者の思考を白く染める、聞き惚れるほどに流麗で耽美で淫蕩な艶のある声が聞こえてきた。
ソフィアちゃん、ぱわーあーっぷ。
やる気なくだらけていた顔面をぴしりと整え可憐な美少女はより神秘的な超絶美少女へ。
とぼとぼ歩きは芯の通った歩き方に変えて、しかし一人だけ重力の無い世界にいると錯覚させる程に細部にまで気を遣った滑らかで美しい所作を心掛ける。
お兄様の妹天使ソフィアちゃん。ここに降臨である。
隣にいたミュラーがひるんだのを感じたけど、今はそれよりもお兄様にかわいらしく挨拶することを優先しないとね。
私たちが入って来たことに気付いたお兄様に向かって控えめに手を振ると、ニコッと極上の微笑みを返してくれた。
やーんお兄様ステキっ! 素敵すぎるぅ!! 光る汗も色っぽいですぅ!!
あれ? でもよくよく考えてみれば、お兄様ってこないだ倒れたばっかりだからって、今はミュラーのトコはお休みしてたはずなんだけど……これは……、んんんッ!
あー、あーもー、まったくぅー!
お兄様ったらしょうがないんだからー!!
お母様には秘密にしておくけど、頑張りすぎて倒れちゃったばかりなんだから、あんまりムリしたらメッ! なんだゾ☆
私は媚び顔でそう言った。当然の心の中だけで。
だというのに、何故だか友人たちに少し引かれている気がする。これは果たして気のせいだろうか。
……お兄様に会えた喜びが、ちょぴっとばかし漏れたかな?
まあ関係ないね。
妹が兄の事を大好きなのは、至極当然の事なのだから!!! だから何も恥じることは無いのだ!!
むしろ兄妹仲を自慢しちゃうよ? えっへん。
最近なにかと忙しいソフィアさんはお兄様分が不足気味のご様子。
……おや?ソフィアさんが、何かを気にして……?
一瞬で元気になった彼女の兄愛は違法な薬物によるものではありません。天然物です。生暖かい目で見守ってあげましょう。




