聞いていた人
自己催眠ってすごい! こんな素敵な方法があったなんて!!
催眠術が流行した教室では、僅かな時間さえあれば瞑想し、己の弱点を克服する生徒が続出。
試験はクラス全員が満点を取るという学院始まって以来の快挙を成し遂げ、その功績を叩き出した「催眠術」という技術は国内に爆発的に広まった。
催眠術が浸透した社会。
親は子供に催眠術を掛けるのが当たり前の世界。
自己催眠で理想の自分を磨き上げ、催眠術でストレスからも解放。
仕事の能率も良くなり社会全体が爆発的な成長を続ける激動の時代の幕開けとなった。
そしてこの偉大な技術を人々に授けた聖女ソフィアは今や国指定の現人神と認められ、食っちゃ寝しているだけで崇められる存在へと昇華した。
幼くも従順で優秀なメイドとお菓子づくりの得意なメイドを従えた彼女は、今日も浮世離れしたなんか綺麗で神秘的っぽい場所で、優雅な暮らしをしているのだろう……。
めでたしめでたし。
――みたいな事が頭をよぎった。
人を疑うことを知らない善良な人ばっかりのこの世界で催眠術を悪用したら、魔法なんか使わなくても樂に世界征服できそうで怖い。
なので催眠術は門外不出の技術なのです。
勝手に誰かに話したりなんかしたらまたお母様が怒り出しそうだしね。
技術って使う人によって善にも悪にもなるから、むやみやたらに広めるのは良くないと思うんだよね!
私みたいに精神的に大人で、やっていい事と悪い事の分別がつくような人じゃないと、悪い事も思い込みで忌避感を無くしたりとかできちゃうし。催眠術は悪人専用の技術じゃないんですよ!?
というわけで、お勉強のコツの裏ワザとして催眠術を教えるのはやめておきました。
ぶっちゃけみんな、なんだか面倒くさそうってのが顔に出てて、最後の方なんてあんまり聞いてなかったし。結局勉強すんのかよーって感じでしたし。
どれだけ頭の調子を整えたところで覚えてないものが答えられるわけないでしょ。
全く全く、だから初めに言ったのに。
これはただのコツだって。
勉強に近道なんてないんだって。
まあ何かの拍子にでも「そう言えばあんなこと言ってたなー」程度に思い出してもらえれば、多少の効果はあるでしょう。
プラシーボ効果とかもあるからね。
成績優秀な人が言ってたんだから効果ありそう! って思うだけでも効果出るからね。
なのでソフィア理論とやらは以上であります。
みんなの一助にでもなれば幸いだね。程度に思っていたのに、この話に予想外の大物が食いついた。
「中々興味深い話だ」
いつの間にかリチャード先生が扉の近くに座ってました。
その姿がね、なんだか大人が三輪車に乗ってるような無理やり感があってね。
小さな椅子に座って低い机に向かってるリチャード先生の図が面白すぎてやばい。
普段はあんまり気にしてなかったけど、やっぱり私たちが使ってる設備って子供用の大きさなんだね。大人な先生が使うと思った以上に小さく見えてびっくりだ。
……その子供用の設備でさえ若干大きく感じる私の身体は一体どうなっているんだろうね。
もうこの小さい身体に慣れ過ぎてて当たり前に受け入れてたけど、そういえばヘレナさんとこのソファに座る時とか、背もたれ使ったことないもんな。
もたれかかろうとすると寝転がる形になっちゃう背もたれなんてもはや背もたれじゃないね。ソファ型のベッドだね。枕はシャルマさんかアーサーくんの膝枕で是非お願いしたいね。
「メルクリスは普段からそのような意識で学んでいるのか?」
世界の不条理にちょっぴり現実逃避をしていたら、リチャード先生がこちらに歩み寄りながらそんなことを問いかけてきた。
やはりあの狭いスペースは窮屈だったらしい。
戒めから解き放たれたように立ち上がったリチャード先生の姿は、なんだか身体がいつもの二割増くらいは大きく見えた。
明らかに気のせいだった。
「時間は有限ですから。学ぶべき時には学び、遊ぶべき時には遊ぶ。私にはそうした時間の使い方が合っているように思いますので」
その様にしているだけなんですのよ? と優雅に微笑む。おほほ。
聖女になってから自分のキャラを見失っている気がするが、大人相手ならまあ丁寧に受け答えしとけば問題ないでしょ。
このまま授業が始まるまで無難にやり過ごそう。
そう思っていると、なんとリチャード先生が、ふっ、と一瞬、笑みを浮かべた。
「なるほど。優秀なわけだな」
それだけを言って、大きな背中が去っていく。
……え、何いまの。私ほめられた?
う、うおお。ド直球だ。時間差で照れが出てくる。おぉぉ、まさか褒められるなんて思ってなかったから完全な不意打ちだ。ニヤケちゃうぅぅ。
「ソフィア〜♪ ……顔、赤くなってるよ?」
やめてええ今いじるのやめてえええ。
もーーこれだからイケメンは困る!! 行動がイケメンすぎて困る!
先生が生徒をからかっちゃいけませんよ!?
椅子におしりをくっつけます。勢いをつけて飛び乗ります。深く腰かけます。腰が背もたれに当たりません。足がぷらぷらできちゃいます。机は肩の高さに近いです。
明らかに……小さい!!!




