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勉強は一日にして成らず


 フェルたちと遊ばせた効果か、ミュラーは勉強への意欲を(みなぎ)らせていた。


 ……三十分くらいは。


 まあ、三十分でもやる気が出ただけ良しとしよう。

 どうせ私らはもうすぐ帰る時間だし、今日の試験の問題はバッチリ復習できてたからね。


 さて、じゃあそろそろ、ミュラーに()()()()()()()()()を教えるとするかな。


「それじゃあミュラー。今日からの生活の仕方を教えるね」


「……え?」


 あれ。ミュラーには言葉の意味が上手く伝わらなかったみたいだ。


 言葉が足りなかったかと反省して、今度はより具体的に、理由も含めて言い直した。


「えっとね、勉強って今日みたいに、ちょっと頑張ったからって簡単に身につく物じゃないの。ちゃんと長い期間覚えておく為には、最低でも……三日間くらいは同じ問題を解き直す必要があるんだよ」


 ミュラーのやる気を削がないために三日と言ったけれど、正直三日程度の反復じゃせいぜい一週間程度しか持たないと思う。

 ただ、もちろんこれはミュラーの記憶力を基準に算出した日数であって、私だったら一回聞いただけで一週間はいける。


 家に帰ってからだって復習するし、寝る前には一日の出来事を反芻(はんすう)したりもするから、前提条件からして違うんだけどね。


 だからほら、三日間同じ問題解いておいてね、って言っただけなのに、ミュラーってばなんか遠い目してるし。解けるようになった問題を解くだけなんて十分そこらで終わるはずだよ?


「……今日のが、ちょっと?」


 あ、そこね。そこにも見解の相違がありましたか。


 今日の勉強時間は、まあ短いって程ではなかったけどさ。でも所詮予習復習に毛が生えた程度っていうか、むしろ勉強会の名目なら半日くらいは勉強に費やしたって良くない? と思ってる私としては、今日の集まりは明日以降の準備段階というか、単なる学力調査というか……ねえ?


 それに気が向いた時にしか勉強しないのって大して覚えられないし、効率も良くないと思うんだ。


 だからね。


「うん。ミュラーには今日やったようなのは毎日欠かさずにやってもらうからね。最後には満点取れそうだったでしょ? あれを毎回勉強の初めにやりつつ、明日からは今授業でやってる範囲も復習していこっか」


 そうすれば危ぶまれた試験も、まあ見れる点数にはなるんじゃなかろうか。


 テストには裏技とか抜け道とか色々あるけど、勉強には近道ってないんだよね。ひたすらに反復あるのみ。


 繰り返して覚えるしかないのだ。


「……あ、明日から、も? やるの?」


 うん? ミュラーは何を驚いているんだろうか。まさか自分の成績がたった数時間勉強した程度でどうにかなるレベルだとでも?


 明日からもやるし、っていうか今日私たちが帰った後だってやるべきでしょ。


 ミュラーはまだ危機意識が足りないらしい。これは一度言って聞かせる必要があるな。


「いい、ミュラー? 試験までの日数。現在のミュラーの学力。一日のうち勉強に割ける時間。勉強した事が身に付く定着率。それらを総合的に考えると、ミュラーが今日から試験が終わるまで毎日五時間勉強し続けてやっと安心できそう、ってのが現状なの。ミュラーは基礎ができてないから、みんなと比べてマイナスからのスタートなんだよ? みんなが何ヶ月も掛けて覚えてきた事を数日で覚える為には、そのくらいの努力が必要で……」


「おいソフィア。もう、やめてやれ……」


「え、なに?」


 カイルは私が喋ってるといつも邪魔してくるね。


 私だってあんまり厳しいことは言いたくないけど、ダメな子が遅ればせながら頑張ったところで、現実から見れば普通の子が普通に勉強してるのに及ぶべきも……うわ。


「ふふ。うふふ……」


 ミュラーが虚ろな顔して笑ってる。……壊れた?


 ああもう、これだからあんまり厳しいことは言わず進めようと思ってたのに……、でも少しは現実も……ううむ。


 とにかく、折れかかってるやる気をどうにかしないと。


 ……仕方ない。

 この手は最終手段にと思ってたんだけど……。


「ねえ、ミュラー」


 私はミュラーの深い悲しみを湛えた瞳を覗き込む。


 なんて悲しい目をするんだ……。毎日勉強するのがそんなに嫌か。嫌なんだろうな。だってミュラーって見るからに体育会系だし。


 でも体育会系って、一度やる気になったら凄いモチベーションを発揮してびっくりするくらいの成果を上げられる人種だと思うの。……だからね?


「ミュラーが毎日勉強して、来年も同じクラスになれたなら……頑張ったご褒美に、また模擬戦受けてあげてもいいよ?」


 ――その言葉を言い終えた瞬間。


 ミュラーの目が、ギュピィィン!! と光った。……気がした。


「それじゃ足りないわ」


「え?」


 深い絶望と悲しみを湛えていたはずの目からは、獲物を狙う猛禽類のような鋭さが覗き。


「毎日、勉強の成果を見に来て。それで、毎日戦って。同じクラスになれた暁には、本気で」


 落ち込んで伏せられていたはずの顔には、沸き上がる闘志がありありと見て取れた。


 …………これ、ハメられた?


騙す為の演技?いいえ、それは違います。

本気で悲しんでいる時でも、訪れたチャンスは絶対に逃さない。

それが、乙女の強さなのです。

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