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狭い馬車に、二人きり


 リチャード先生に連行された先は、敷地外だった。


 外だった。


 っていうか、王城だった。


 当然、逃げたくなった。


「逃げられませんからね」


 まだ何も言っていないのに、お母様が鋭い釘をぶっ込んできた。


 悲しい……。



◇◇◇◇◇



 リチャード先生に連れられて何故か校舎から出た私は、そこで最凶最悪の生物を発見してしまった。


「げ」


 なんでお母様が学院にいるの……っ!!


 幸い馬車から降りたばかりのお母様はまだ私に気付いていない。今ならまだ逃れる事は十分に可能なはず。……なのにっ!


 リチャード先生が向かう先は、どう見ても馬車置き場!!

 とっても見晴らしが良くて何も視界を遮るものが無い場所を歩いて向かわないと辿り着けない馬車置き場! これ絶対見つかるってーッ!!


 上手く角度を調節して、リチャード先生の身体でお母様からの視線をシャットアウトすれば、なんとか……なるわけないね、うん。こりゃ無理だわ。


「あの、先生? 少しトイレに行ってきてもいいでしょうか?」


 三十六計逃げるに如かず。


 これはもうお母様が移動するまで隠れてやり過ごすしかないと判断して、リチャード先生に離脱の許可を求めた。


「……何故ここに来るまでに言わなかった」


 ですよね。当然そうなりますよね。だってさっき、トイレの前おもいっきり通り過ぎて来たもんね。


 でもお母様に会うまではトイレに用なかったんだから仕方ないじゃん。と心の中だけで不満を零しつつ、それっぽい理由をでっち上げた。


「まさか外に出るとは思っていなくて……。長くなりそうなら、やっぱり行っておきたいなと思いまして」


 まあ敷地外に出るのが予想外ってのは事実なんだけどさ。


 ……黙って着いてきたけど、これ誘拐とかされないよね? 大丈夫だよね? 私、浅はかじゃなかったよね?


 僅かな疑念からジッとリチャード先生を見上げれば、先生も私をジッと見下ろしていた。

 その眼差しには真実を見極めようとする鋭さがあり……有り体に言えば、私がトイレを我慢出来そうかどうか見極めていた。私はそっと視線を外した。


 やめて。そんな目で見ないで。


 てかなにこれ、どんな羞恥プレイなの?

 別にトイレに行ったって用を足すつもりとか全然ないのに、なんだか恥ずかしくなってきたよ。身体も僅かに熱を帯びてきた気がする。感情が顕著に出るこの身体が憎い。


「分かった。早く戻るようにな」


 恥ずかしい思いをした甲斐あって、一時避難の許可は降りた。


 早く戻れるかはお母様次第だから確約は出来ないけど、私としてもできれば早く戻りたいと、ってああぁぁあ!! お母様めっちゃこっち見てるぅ!! 凝視してるぅ!! うわぁぁこっちに歩いてくるよぅ! こわい!!!


 いつもどおり普通に淑やかに歩いてきてるだけのはずなのに、お母様が歩くのに合わせて「ズンズンズンズン!!」と幻聴が聞こえる。わぁい、映画並みの迫力で臨場感たっぷりぃ……マフィアのドンかな?


 ここでトイレにでも向かおうものなら間違いなく逃げたと思われて面倒くさいことになりそう。っていうかなる。確実に待ち伏せされる。なんならトイレまで着いてくる可能性すらありそう。いや流石にそれはないか。


 どちらにせよ撤退は悪手だと即座に判断した私は、少しでも状況を有利にしようと、笑顔でお母様に手を振ってみることにした。


 友好の始まりはまず笑顔から。


 お母様から(しつけ)られた完璧な所作で立ち向かえば、お母様は私から視線を外し、何事も無かったようにリチャード先生と挨拶を交わし始めた。


 ……む、無視は辛いです、お母様。


「連絡して頂き有難う御座いました。この度は娘が大変なご迷惑を掛けたようで……」


「頭を下げる必要はありません。こちらに来られるとは思っていませんでしたが、行き違いにならなかったのは僥倖でした」


 お母様怖い。いや怖くない。幻想だ。朝の恐怖が私に幻覚を見せているんだ。お母様はいつもこんな感じだったじゃないか。


 心の平穏を求めて、そっとフェルの頭を撫でた。


 ちょっぴり癒された。


「彼女はそちらにお任せしても?」


「ええ、勿論です」


 お母様への苦手意識を無くそうと意識してる間に話し合いは終わったようで、ここから私はお母様と二人きりでの馬車移動になるそうな。


 リチャード先生のお馬さんの方に同乗したい……。


 でもそんなことが許されないのは百も承知なので、不本意だけど奥の手を使わせてもらうことにした。


「お母様! 実は先程、お兄様が倒れられて……私たちのどちらかが傍にいた方がいいのではないでしょうか?」


「ロランドが?」


 聞くのと同時、すぐにリチャード先生に確認するお母様。信用ないね。


 話が事実だと理解した後もお母様の対応は冷静だった。


「ソフィアがここにいるのなら、ロランドは大事無いのでしょう?」


 ……ああ、お母様は本当に私の事をよく理解している。


 そして悲しきかな。

 お母様が私を知るのと同様、私もお母様の事はよく理解しているのだ。


 つまりもうどうやったって逃げられないって事。


 ……はあ。


 とりあえずトイレ行こ。


トイレには無事に一人で行けたようです。

もう逃げないって信用されてるね。愛だね。

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