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企みの通じない日


 ふむふむふーむ。


 マリーの翻訳を通したエッテの話によれば、どうやらお兄様は単なる疲労で倒れた訳ではなかったらしい。


 ここの医者はヤブ医者かッ! と怒りたい気持ちにもなるが、文句も言えない。

 何故なら私の診断でも同様に「異常無し」との判断を下していて、つまりは見落としていたのは私も同じだったからだ。いわゆる無能仲間である。


 ヤブ医者は私だったね! 医者になった覚えなんてないけどね!


 とふざけていられる状況でもなかったので、今は病のことなら全幅の信頼を預けられる我らがエッテ大先生のありがたいお言葉を拝聴している最中なのだ。


 大先生はお兄様の枕元に仁王立ちし、短い手を振り振り、必死に説明して下さっている。


 そのお姿のなんともお可愛いこと。


 まあこうやってニヨニヨしていられるのも、エッテが初めにお兄様は大丈夫だって太鼓判を押してくれたからなんだけどね。


 エッテさんマジ神様。


 本物の神様なんて目じゃないね!


「キュイキュイ。キューキュイ。キュキュキュッキュキュ。キュイ!」


(どこからか本人のじゃ無い()()が混ざって消耗したみたい。でももうだいぶ抜けてるから、何も心配しなくて平気だよ。って言ってるよ?)


「そう、良かったぁ……」


 ああ、本当に良かった。お兄様に大事がないのが何よりだ。


 ……って安心したら、ちょっと気になることが出てきたよね。


 なんでマリーはエッテの言ってることが分かるの?

 前からずーーっと気にはなってたけど、それだけが心底不思議なんだ。


 本人たちは「念話を繋げば分かる」の一点張りだったけど、私がエッテと念話を繋いだってキュイキュイ鳴き声が頭の中で響き渡るだけで何の意味も分からないの。ただ「ああ、何か言ってるなあ〜」って癒されるだけなの。会話じゃないの。


 私がエッテたちのご主人様のはずなのになにかがおかしいよね? この際「ペットと会話ができる方がおかしい」とかいうカイルあたりが言いそうな常識はいらないよ? それを言い出したらぬいぐるみが喋って動く方が遥かにおかしいからね?


 私もエッテたちと意思疎通がしたい! したいよー!

 私の望みはただそれだけなのに!!


 あー、そうだ。どうせなら何か知ってそうな女神様にでも聞けば良かった。

 でもリンゼちゃんに聞いた時も分からないって言ってたから、もうちょっと仲良くなってからじゃないと真剣に考えてはくれないかな? どうかな?


 、っと……。


 まあ、今はもう、それはいいや。


 私は頭を回転させる。

 背後で聞こえたリチャード先生の息遣い。それが気合を入れた類のものだと判断して、くまのぬいぐるみ(マリー)を胸元に抱え込んだ。


 これで迎撃準備は完了。


 振り返ってみれば、リチャード先生が腕を組んで私を見下ろしていた。


 近いしでかい。


「メルクリス……」


 固い声が降ってくる。


 怒っちゃやーよ☆ と願いを込めて、マリーをぎゅっと抱きしめちょっぴりおどおど怯えてみた。


 効果は……いまいちっぽいね。


 リチャード先生は感情の読みづらい視線のまま私を数秒睨めつけると、組んでいた腕を解き、その手をこちらに伸ばしてきた。


 大きい手が迫るのを見て自然と身体が萎縮する。ひーん、怖いのやだよう。真顔やめてぇ。


 まさか殴られはしないだろうけど……と上目遣いでびくびくしてたら、ピンと伸ばされた人差し指が私の腕の中を指さして停止していた。

 この動作が示すところは、つまり。


「………………それは、なんだ?」


「ぬいぐるみです」


 ですよね。そーきますよね。良かった予定通りだ!


 これぞ必殺、「叱ろうと思ってたのに別の事が気になって忘れちゃった」作戦だ!! どやあ。


 先生と会った時、私手ぶらだったもんね。


 フェルはサイズ的に服の中に隠してたって可能性もあるかもだけど、マリーはない。無理だ。服の下に隠してたら私、妊婦さんになっちゃう。

 ならどのタイミングで手に入れたか、って事を疑問に思うのは当然の流れだ。


 様々な選択肢を浮かべつつ、リチャード先生は私にこう問い掛けるだろう。「あらかじめここに置いてあったのか」と。それに私はこう答える。「マリーはお友達なので、呼べば飛んできてくれるんです」と。


 普段は真面目な生徒から突然繰り出される、頭のおかしい発言。


 リチャード先生は混乱するだろう。

 そして、混乱した頭からはとある話が抜け落ちる。そう、当初の目的を忘却するのだ。


「メルクリスの私物か?」


「はい」


 ふふふ、完璧だ。完璧すぎる作戦だ。


 あとは私が真顔でメルヘンを肯定し続けるだけの簡単なお仕事だ。正気を疑われて休んでいく流れに持って行けたらなおいいね!


 授業をサボってお兄様とお昼寝……天国かな。


 都合の良い想像が広がっていく。


「そうか。それで用事は済んだのか? 済んだのならすぐに移動するぞ、時間が惜しい」


 そんな幸せな空想をぶち壊すのはいつだって大人なのだ。


 まあこうなる気はしてたさ。


 はいはい、行きますよ、行けばいいんでしょ。行きますから無理やり引っ張らないで下さい。セクハラで訴えますよ?


リチャード先生の冷たい目線はデフォルト仕様なので、目を細めただけで見られた方は睨まれたように感じるそうです。

……睨まれたように感じてるはずなのに、なぜか喜ばれる事が多いそうです。

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