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魔法を使ってみよう


 魔法があると知った日から、人目を忍んで色々試した。



 この世界には魔法がある。


「魔法とは女神によって与えられた、生き物すべてが持つ力であり、生きるための術でもあります。

 身体中を巡る魔力を使い、詠唱を通じ精霊の力を借りることで、誰にでも使える便利な力です。

 精霊に感謝を捧げ、詠唱呪文に含まれた意味をよく知り、魔法を身近に感じることで、自然と使えるようになるでしょう」


 書斎から勝手に拝借した「魔法学入門」なる本の冒頭に書かれている文だ。


 女神とか精霊も気になるけれど、まずは魔法だ。魔法を使ってみたい。


 さっそく試してみよう。


 まずは魔力を感じるところから。身体中を巡るってことは血液をイメージすればいいかな?

 で、これを使って詠唱、精霊の力を借りる、と。

 呪文は……と、先の方のページに練習用のが載ってた。手の中に光を灯す魔法か。これなら室内で使っても問題ない。よし。

 こんな感じかな?


「偉大なる光の精霊よ。その御力を持ちて、暗闇を照らす光をここに。《光よ来たれ》」


 呪文を唱えると、掲げた手のひらに光が生まれた……ような気がした。

 少し待ってみても、それ以上何かが起こる様子はない。


 え、これだけ? しょぼくない?


 念の為にもう一回やってみよう。


「偉大なる光の精霊よ。その御力を持ちて、暗闇を照らす光をここに。《光よ来たれ》」


 先程と同じように唱え、手のひらの上にジッと視線を注ぐ。


 やっぱり少し明るくなった…………ような気がする。一秒くらい。


 これは成功でいいんだろうか。

 まさか失敗より残念な結果があるとは想像してなかったんだけど。


 なにか上手く魔法を使うコツでも載ってないかと本を読み返してみても、冒頭の文以外は各属性の一番簡単な魔法と魔法史くらいしかなかった。そもそもページ数が少なすぎる。全四頁って本の要件満たしてるの?


 これは情報を集める必要があるね。


 早々に独学を諦めた私は、誰に尋ねるのが適切かと考えながら部屋を出た。



「あら、ソフィア? 一人なの?」


 お父様の執務室に向かっていたところを姉に発見されてしまった。

 今の私はまだ幼く、部屋の外に一人でいるところを見つかれば手厚く保護されてしまう立場だ。お父様の執務室へは一人で辿り着けなければ仕事の邪魔をしてはいけないと部屋に戻されてしまうのは目に見えている。


 どうしようかと固まっているうちにギュッと抱きしめられてしまった。これでもう逃げられない。


「あの、おねえちゃん……」


 どう言い訳しようかと悩んでいた時、鼻歌まで歌ってとてもご機嫌な姉の様子に気付いた。なにかいいことでもあったのだろうか。

 その姿を見て、天啓がひらめいた。


 姉はたしか学院と呼ばれる教育機関に通っていて、魔法を学んでいたはずだ。

 私に甘いお父様に教えを乞うついでに先日のことを改めて謝っておこうかと思っていたが、魔法を学んでいる最中である姉の方が私の求めるものについて詳しく知っているんじゃないだろうか。それこそ、魔法を使うコツであるとか。


 瞬時にターゲットを変更した私は、幼い外見を最大限に生かして必殺の上目遣いをした。


「ソフィアね、おねえちゃんと、おしゃべりしたいの……。ダメ?」


 精神的ダメージはある。あるが、これは勝算の高い賭けだ。私の恥だけで魔法が使えるようになるなら安いものだ。


 この姉は容姿はお母様に似て黙っていると怜悧な雰囲気なのだが、喋ると途端に朗らかな印象に変わる。完全にお父様似だ。つまり、私に甘い。

 加えて今はご機嫌状態。私の勝利は約束されたも同然だ。


「もちろんいいわよ! たくさんおはなししましょう!」


 更に強く抱きしめられた私は、想定どおり姉の部屋にご招待された。後は折を見て魔法の話を振るだけだ。



 姉は水と風の魔法が得意らしい。


 学院ではやはり講師が実際に魔法を使うのを近くで見たり、体内の魔力を感じやすくする魔道具を使ったりするんだとか。独学で学ぶものではないようだ。


「おねえちゃんも使える?」


「もちろん使えるわよ。そうね、今日は暑いから風の魔法を使ってみましょうか」


 チラ見催促が功を奏したのか、簡単に了承される。魔法の実演をしてもらえるならば、自分のどこが間違っていたのか分かるかもしれない。


 期待して見つめていると、コホンと一つ咳払いをし、座っていた椅子から立ち上がった。大仰にも思える手振りを交えて風の魔法を唱え始める。


「偉大なる風の精霊よ。その御力を持ちて、大空にそよぐ風をここに!≪風よ来たれ!≫」


 突き出した手から風が巻き起こる。

 発生した風は私の顔面にぶつかり、髪の毛を大きく膨らませるとそのまま通り過ぎていった。


 びっくりして閉じていた目を開く。

 扇風機みたいで気持ち良かった。最近暑いから何か対策をしようと思ってたんだ、この魔法を覚えることができれば。


「おねえちゃんすごい!」


 手放しで褒めながら考える。私の魔法との違いはなんだろう。


 見た感じでは大きな違いは無いように思える。

 こうなればそもそもの認識が間違っている可能性が高い。この世界の魔法は詠唱すれば勝手に発動するものではない。未だ理解できていないなんらかの発動プロセスが必ずある。


 魔力を感じることが大切なのだろうか? 大仰な身振り手振りで精霊と交信しているとか? もしくは呪文詠唱か、一字一句間違いなく発音するのではなく情緒と気合こそが必要なのか。


 頭がぐわんぐわん揺れる。思考を止めて現実に目を向ければ、頭を撫でくり回されていた。


 あの、楽しそうなところ大変恐縮なのですが、あまり撫でられると背が縮んでしまいます。今世ではモデル体型になりたいんです。

 無言の抵抗として手を押しやってみたが効果は無いようだ。余計に楽しそうにしている。


 いや、楽しそうなのはいいことかもしれない。折角だし疑問に思っていることを全て聞いてしまおう。


 文章で伝えるのが難しい感覚的なことが聞きたい。

 魔力を感じる魔道具を使ったときにどういった感じがしたのか、魔法を使うときに意識していることはあるのか、なんでも答えてくれるものだから色々聞いてみるも、難しいところはないように思える。うん、なんだか自分にもできる気がしてきた。


 でもこれが気のせいだっていうのも知ってる。今の私は説明書を読み込んだ状態だ。あとは実践を繰り返して現実との齟齬を減らしていけば、きっと。


 とにかく数をこなしてみよう。模倣こそが上達の道であることに違いはあるまい。


「偉大なる風の精霊よ!その御力を持ちて、大空にそよぐ風をここに!≪風よ来たれ!≫」

 (風の精霊さん!魔法使わせてくれたらすごく感謝します!風を起こして!)


 詠唱が終わる。

 お姉様の見よう見まねで唱えた呪文と、ふんぬと手を突き出した同じポーズ。脳内では精霊さんに直接願掛け。

 その成果は、右腕にちょっとくすぐったいかな、って感触。


 つ……つらい。期待した分だけ反動がつらい。必要だって分かってても詠唱なんて黒歴史ものだし。この空気どうするの?

 魔法が使えるかもって思ったのに、今度こそって思ったのに、こんなのってないよ!


 思わず姉を見上げた。

 私は情けない顔をしていたんだろう。仕方ないわね、と呟いて懇切丁寧に教えてくれる。


 途中で兄もやってきて、二人で一緒に魔法の練習をした。


 何とか「風が吹いた」と思える程度の成果が出せた時、自分のことのように喜んでくれた姉には感謝しかない。同程度の習熟度である兄がいてくれたのもいい刺激になった。


 二人の協力の末に、私はなんとか魔法使いへの第一歩を踏み出したのだ。


お父様「仕事が終わらない……癒しが欲しい」

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