目障りな肉の塊
預かった鍵で入ったリチャード先生の研究室はとても綺麗に整理整頓がされていて、先生のイメージ通りという感じの部屋だった。
「あそこのソファでいいよな? ……女神様って、座れるんですか?」
「もちろん、座れるわよ」
カイルの素朴な疑問に気を悪くすることも無く、ぷかぷかと浮かんでいた女神様がお尻から着地する。
自然とその対面に座ったまではいいのだけど……このソファは三人掛けだ。一人あぶれる。
まあここは唯一の男子であるカイルが譲るだろうと気楽に考えていたのに、何故だか真っ先に私の隣りにカイルが座った。驚いているうちに、反対側にはカレンちゃんが。
ミュラーは椅子を持ってくるでもなく、私の背後へと回り立ったままで動きを止めた。何だこの配置。
「あの……ミュラー?」
思わず振り向いて声を掛けるも、ミュラーは私の戸惑いの理由を理解していないみたいだった。
「なに?」
あの、なにじゃなくてですね。その位置は普通護衛の人が立つ位置でして。女神様相手にその位置に立たれると私が女神様を危険視してるみたいに見られちゃって困るんですけどね。
ということを、チラチラと視線を飛ばして物申す。
私の視線を追い、理解したというように瞑目したミュラーは、力強く断言した。
「大丈夫。何があろうとソフィアは私が守るわ」
違う。そうじゃない。なんで敵対前提なのやめてよね!
ミュラーの中で、女神様はもう完全に戦う相手として認識されているらしかった。紛うことなきバトルジャンキーだった。頼むから他所でやれ。
ミュラーのこの態度が実は演技で、私と戦いたいが為にあえて迷惑な行為を選んでいるのだとしたら、それはもう大したものだと思う。
だって私、今ものすんごくミュラーを叩きのめしたい気分になってるもの。時と場合というものが如何に大切か、脳筋様に叩き込みたくなってるもの。
神様レベルは本当に油断ならない相手だから煽るのとかホント勘弁して。
私を守るというのなら、まずはそのどこから持ち出したか分からない剣を捨てて下さい。そわそわと柄を気にしている手を今すぐに止めて下さい。
絶ッッ対に先に手を出さないでよ? フリじゃないからね? ミュラーから仕掛けたらいざって時にはミュラーを守る対象から外すからね? 本気だからね!?
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
女神様には手だし無用! と脳筋さんを必死に宥める、そんな私たちの様子を見てくすくすと笑い出した女神様に、場の空気は僅かな緊張を帯びた。
「ねえ、知ってる? あの子ったら、いつもあなたのことばかり話すのよ。本人は気付いていないのでしょうけど、あの子はとても人間らしくなったわ」
テーブルに肘をつき、柔らかい笑顔を浮かべる女神様。
二の腕に挟まれた豊かすぎるお胸様が窮屈そうに形を変え、今にも零れ落ちそうになっている。何気ない仕草ひとつひとつの破壊力が異常だった。
「うぉぉ……、ってイテェ!!」
あからさまに覗き込むんじゃないよ、失礼でしょうが。
胸に吸い寄せられる様に身を乗り出したカイルの太ももに爪を立てて正気に戻したけれど、その気持ちだけはとてもよく分かる。なんだこの女神、色欲の化身かなんかか?
くすくす笑うだけで胸を腕で支える必要ってある? そもそも胸って支えが必要なものなの? あと胸元開いてる服で前屈みとか、普通にありえないでしょ。常識と慎みを持ちなさいよ。
動くたびに目に入ってくる鬱陶しい脂肪の塊に辟易していると、ふと、ぴぃんと閃くものがあった。
そうだ……私はなぜ忘れていたんだ。
記憶と可能性の導くまま、私は女神様にある質問をする。
「そういえばそのリンゼちゃんから聞いたんですけど、女神様って今は肉体を持っていない……んですよね? つまり、その姿は仮のもの? 見た目は自在に変えられる?」
イエスだ。イエスと言え。
と半ば祈りながら問いかければ、女神様はなんでもない事のように答えた。
「ええ、そうね」
よしっ!!!
そうだよ、そうだよねぇ!! そんな化け物サイズの人間いるわけないもん!
そうともそうとも、彼女は女神。人の埒外の存在。自分の体型だって思いのままに操れて当然の生き物なんだ。
ならば当然、自分のスタイルなんて自分の理想を反映してるに決まってるじゃんね! あー羨んで損した! なんだよ〜、とんだ見栄っ張りじゃーん!
心から安堵していた私の耳に、しかし聞きたくもない追加情報が与えられた。
「まあ今のこの姿は、元の私を模しているのだけど」
ガッッッデム!!
へー、そう。あーそう。別に聞いてませんけどね。
上げてから落とすとか物凄くリンゼちゃんっぽい。この人、間違いなくリンゼちゃんと同じ存在だわ。
私は背後へと視線を向けた。
ミュラーが持ってる、業物っぽい剣……。
今の姿が仮初のものなら、いっそ削ぎ落としても問題は……いやでも、それだと私が過剰に気にしてる証明になるし……。
たかが胸。
されど胸。
……女神像を作る機会があったら、胸は絶対小さめにしてやろ……。
胸の小さな少女は、器もとても小さかった。




