反抗心?そんなものは潰えた
私は悟ったね。
復讐は何も生まないと。
教室内で、今日も元気に会話を交わす友人達を見ながら、私はそんなことを考えていた。
「ソフィア、今日はなんだか雰囲気が違う?」
「わかる。憂いを帯びてる感じするよねー」
憂い……その感想は間違ってないね。
私の心は今、深い悲しみに包まれているのだから。
「ちょっとね。考え方に変化があったというか、自分を見つめ直す出来事があったというか……そんな感じ、かな」
何があったのかと遠回りに聞いてくるのに対し、言葉を濁して返事をしたら、何故かニヨニヨとして顔には囲まれていた。
「なにそれ意味深!」
「これは事件……。新たな出会いがあった……とか……?」
あははー。すごいね、なんでわかるんだろ。
事件も出会いもありましたとも。いや、出会いはもっと前にしてたんだったかな。
でも憂いの原因は残念ながらそちらではなく、お母様に連日いじめられたことなんだけどね。
お母様に叱られて落ち込んでる、だなんて、恥ずかしくて友達に言えるわけがない。
とりあえずはお望み通り意味深に微笑んでおこう。にっこり。
まあただ落ち込んでるってだけでもなく、実際には落ち込み半分反省半分ってところで、憂い顔はむしろ「ああ、昨日の私はなんて馬鹿だったんだろう」って反省してる時のだと思うけどね。自分から意味深にしといてなんだけど出会い全然関係ないな。
いや、でもそれも仕方ないっていうかさあ。
大体の事は寝て起きたら終了、喉元過ぎれば暑さを忘れるべき派の私が珍しく引きずるくらいに、昨日のお母様は本当に苛烈だったし、今朝のお母様に至っては笑顔の仮面の裏に般若が見えて、怒られてる時は「このまま耳も意思もない石になりたい」とか思ってたくらいだもん。シンのインパクトなんて寝て起きたら忘れてるレベル……とまでは言わないけど、正直お母様のに比べると、ね。
それにお母様の件はまだ解決したとは言い難いのが何より問題なわけで。
やけに怒りっぽいお母様のお小言は「カルシウムでも如何ですか」とお茶を濁しつつ落ち着くまでどこかに隠れて避難していたいくらいだったけど、残念ながらそんな機会は訪れなかったために、哀れな被害者に成り下がった私は心を無慈悲に滅多打ちされて今日はどうにも普段の調子が出てないのだし。
学院に来るまでもお兄様とかから慰められて、多少は元気になったけどさー。そうなるとやっぱり、あれよね。また帰ってから叱られるんじゃないかとか思っちゃうよね。
でも確実な安全圏に逃げ切れてだいぶ落ち着いた今は、もうお母様の幻影に怯えることも無い。物事を冷静に判断することができるようになっていた。
今なら分かる。叱られる羽目になったのは私が悪かったのだと。
バレたら怒られるようなことは、絶対にバレないようにするか、それができないなら初めからするべきではない。そんな当たり前のことを徹底できなかった私が悪かったのだ。
朝のなんて遮音結界ひとつで確実に防げた事故だったのに。あんなヘマは普段だったら絶対にしないのに。
一晩寝て回復したと思っても、どこかに疲れは残ってたんだろうね。
不調な頭で考えた作戦に、穴がないわけないのに……私ってホント馬鹿。
本当にお母様に意趣返しをするつもりなら、あんなその場で思いついた作戦を実行するべきではなかった。あれじゃあ私には叛意がありますよと知らしめただけだ。逆効果の極みだ。
お母様を相手にするなら、もっと綿密な計画と、入念な事前の仕込みが必要になるだろう。それだけの手間を惜しんで成功は成し得ない。
相手は私のことを知り尽くしたお母様。
どれだけの準備を整えたとて、やりすぎということは無いだろう……。
………………なんて、そんな不穏なこと考えたことないよ? 嘘じゃないよ、ホントだよ。無様に怒られる羽目になってたのがその証拠ね!
お母様への反抗計画なんて計画した段階で察知されそうだもん。しないしない。もうお説教とかホント勘弁だし。同じ過ちは繰り返さないよ。
「今日の髪型かわいいね」
「あ、わかる? これねー、うちの姉が――」
友人たちとの何気ない会話。平和な日常。
争いのない世界はこんなに楽しい。
叱られる? たまにはそんなこともあるさ、親子だもの。
理不尽? お母様だって人間だもの、笑って許してあげましょう。
気に入らないことをされたからって必ずお返ししなくちゃいけないわけでもない。怒りすぎてお父様から怖がられても、それはお母様の責任だ。
私は理不尽に怒られて弱いものいじめされてる側になってるところを、お兄様に慰めて貰えればそれでいいや。
「ソフィアの髪もいじろっか?」
「うん、かわいくしてね」
復讐は悲しみしか生まない。
だからお母様への不満は丸めてポイすることにした。
……でも、今後は保険を何か、用意しておくべきかも……?
なんてねっ。
「おのれよくもやったなぁ!」という怒りはなくなっても、本人が自発的には反省する事は大いに期待したいソフィアさんであった。




