叱る人を叱れる人
シンの騒動から明けた朝。
寝付くのが遅かった割に快適な目覚めを果たした私は、今日も朝の日課の終わりに加わった治療へと訪れていた。
未だに日常生活には不安の残る、お母様のお姉さんであるアイラさん。その横にはいつもどおり介添え役のソワレさんが侍っており、私と挨拶を交わした後には診察しやすいように座っていた椅子を譲ってくれる。
感謝を述べて、腰を下ろす。この流れにも慣れてきた。
さあ、今日も診察のお時間ですよー。
手と手を繋ぎ、アイラさんの魔力に直接問い掛ける。
今日の調子はどうですかー? 魔力をぽわわ〜ん。
打った魔力の波にそこそこの反応が返ってくる。
悪くないよー。ほよよよよ〜。
今日の魔力も反応良好。いつもどおりに可もなく不可もなくな感じだった。
いやー順調だね。
まだ完全に快復したわけじゃないから魔法を使ったりすると辛くなるだろうけど、普通に生活をする分にはもう問題なさそう。流石のエッテ様々である。
「だいぶ回復しましたね。もう少ししたらお散歩を始めるといいかもしれません。外に出るだけでもきっと元気が出ますよ」
診療の結果ついでにさりげなく部屋から出ることを勧めて、彼女の屋敷内での存在感を強める布石も忘れずに打っておく。
今日はこの為に来た……とまでは、言わないけど。
しかし私情を挟んだこの提案もまた、彼女の身を案じてのものであるのは事実だし。しかもそれだけには留まらないお散歩を勧めた理由もある。
ついさっきまで外を走っていた私が自信を持ってオススメしたくなる理由。
その、驚愕の真実とは……ッ!
なにを隠そう、我が家の庭はなんとっ、昆虫の類の生息数が極端に少ないという! 虫嫌いの女性には大変嬉しい場所となっているのだァ!! わっはっはぁ!
フェルとエッテと一緒になってがんばって駆除したんだよねー。その後も増えないよう気をつかってるしー。
感染症の媒介にもなる虫が少ないということはつまり、病弱な女性にとっても理想的なお散歩コースということだ。
私の運動用に整備されている為に見た目が華やかとは言い難いが、屋敷の近くには綺麗に手入れされたお花も多い。蝶々が飛んではいなくとも視覚的な癒し効果はそこそこあるだろう。気分転換にはなるはずだ。
部屋にこもりっきりじゃ気分も滅入っちゃうからね。お散歩大事!
「お気遣いありがとうございます、ソフィア様」
うんうん、ソワレさんが着いていれば危険もないだろう。たまには外の空気でリフレッシュするといいと思う。
それにしても……相変わらずエッテの回復能力はとてつもないね。手を抜かせてこれって、本気でやらせたら一瞬で治せちゃいそう。
私がやってるのって診療じゃなくてホントに診察だけだからね。エッテが癒した経過の見守り。だって急に治り過ぎたら普通怖いよね? エッテはその辺、よく分かってないとこあるからなぁ……。
エッテによる治療も終わり、本日の診察は終了というところで、改めて二人から感謝を告げられた。
「いつもありがとうね、ソフィアちゃん」
「ありがとうございます」
二人の感謝の言葉が、むず痒くも心地良い。
「私でお役に立てているならなによりです」
その言葉に偽りはない。
感謝される為にやっている……という部分も、なくはないけど。それも含めて、家族の大事な人を見捨てるような人間にはなりたくないという私欲の為だ。感謝の言葉は嬉しいけどね。
でも、今日だけはちょっと、アイラさんにお願いしたいことがあったりする。
治療行為に直接のお礼を求めるなんて本当はしたくないけど、対等な知り合いとして頼む場を整える時間が無くて、今回は仕方なく、ね。
「あの、実はアイラさんにお願いしたい事があるのですけど……」
そう伝えれば、アイラさんだけではなくソワレさんまで恩が返せると喜び出す。
こーゆー反応されると申し訳なくなっちゃうんだけど、背に腹は変えられない。
一晩寝て、消費した体力は戻っても。
弱った心は、一晩ではとても回復しないのだ。
「実は昨日から、お母様が怒りっぽくて……――。昨夜も夜遅くまで……――」
これぞ秘技、告げ口。
朝食で顔を合わせた後、お母様なら絶対昨日の続きし出すもんね。間違いなく呼び出されちゃうもんね。
でも、その前にお母様が、お母様にとって誰より大切な姉であるアイラさんから呼び出されていたら……?
さらにさらに、そのアイラさんから「ソフィアちゃんにはとても良くしてもらっているから、うんと褒めてあげてね」的な事を言われたとしたら……?
顔には出にくいけど本当はお優しいお母様のことだ。私を叱る気分など萎え萎えになってしまうに違いない。
ふふふ……。自分の天才的発想が怖い……。
――その後、朝食の場で。
「ところでソフィア。今日はアイラ姉さんと随分楽しいお話をしていたみたいですね?」
何故かバレていた会話の内容を問い詰められ、私は地獄を見た……。
日課のランニング時にソフィアの顔面に飛びついた一匹の虫のせいで、メルクリス家から全ての虫は排除された。
悲しい事件だった。




