もう寝る。すぐ寝る。今すぐ寝るぅ!
「シンは生まれたての頃、なんでも女神の真似をしたがったから、その名残りというのかしら……。人の姿を取っていたのも、元は女神だけだったのよ」
唐突に、聞いてもいない神々のお話が始まった。
今のリンゼちゃんと今の女神様は別物だけど、リンゼちゃんが生まれ落ちるまでの記憶は共有してるはずなので、言わばこれはリンゼちゃんの昔話。
女神様を信仰してる人にとっては泣いて有難がるような話なんだろう。それは分かる。
でも今じゃなくていいよね。
私はまだ話したそうにしているリンゼちゃんに「ねえねえ」と声を掛けて気を引くと、万感の想いを口にした。
「ごめんリンゼちゃん。眠い」
話聞いてると眠くなるって意味じゃないのよ? 叩き起こされた時点から眠いの。ずっと眠いのを我慢してたの。
我慢の限界を超えて眠かったのに、リンゼちゃんのお願いを叶えるために頑張って、自分も騙す勢いで頑張って頑張ってなんとかお利口さんにしてたんだよ。わかる?
期せずしてシンを再封印しちゃった今、眠りを妨げる者はもういない。
もう一度リンゼちゃんが説得するにしても、もう同じ手段での拘束はできないだろうし、今からさっきと同じ状況を作る手段はない。あってもしない。どう考えても仕切り直しのタイミングだった。
だから、いつもより饒舌に昔話をしたがってたリンゼちゃんには大変申し訳ないんだけど、その話はまたいずれ。
今日の騒動はこれで幕引きとさせて下さい。なにとぞ、何卒お願い申し上げます。
と心の中で頼み込んだ。
眠気って気を抜いた瞬間一気にくるからね。お兄様の前で無様を晒さないように必死よ。
「そうね、ごめんなさい。時間が時間だものね」
そう言いつつも、シンが消えた辺りをに静かに見つめるリンゼちゃん。
その姿を見て「迷惑かけた側だけがアイテムボックスの中でさっさと快眠してると思うと……」ととりあえずシンを憎もうとし始めた思考を眠気のせいにし、とにかく休もうと立ち上がった。
……だが、私にできたのはそこまでだった。
「……前から思っていたけれど、ソフィアは女神の使徒であるリンゼさんに対して失礼が過ぎるのではありませんか?」
お、お説教……。
ここにきて、やっと休めると期待したところでお説教……。
おぉ、ジーザス……。
疲れた心にクリティカルヒットしたお母様の言葉によって、ベッドに向かおうとしていた私の身体から力が抜けた。膝から崩れ落ち絨毯の上にぱたりと倒れる。なんかデジャブぅ。
頑張るパワーが完全に切れた私に、しかしお母様は更なる追撃の手を緩めなかった。
「ソフィア、また寝たフリですか?」
やめてぇ。その言葉思った以上に胸に刺さるぅ。
私の寝たフリは寝たフリでも、心の救難信号が発露した結果というか、意味のある寝たフリなんであんまり突っ込まないで下さい……心折れちゃう……。
っていうかいきなり倒れたのに誰も心配してくれないのウケるよね。
ふわふわ絨毯で物理的な痛みは無いけど、心が痛いです。
いいもん。もうこのまま不貞寝してやる。
寝たフリじゃない私の本気寝を味わうが良い……! ……ぐう。
急速に意識が闇に覆われていく中、愛しいお兄様の声が耳に届く。
「母上。実際時間も遅いですし、今日はもういいじゃないですか。ほら、ソフィアもそんな所で寝ないで……」
あー……お兄様やさしー……。お母様はぜひお兄様を見習って……むにゃむにゃ。
優しく肩を揺らされながら、夢の世界へと近づいていく。
ふわふわとした頭がいよいよ意識を手放し……うあん。
心地好い微睡みに意識を持っていかれそうになったタイミングで、身体がごろんと転がされた。仰向け、やぁ……。寝顔見られるぅ……。
うう、今のお兄様ぁ? お兄様が力ずくなんて信じたくないぃ。
でもお兄様に力ずくでっていうのも、ありかも……♪ なんて夢みたいなことを考えていたら、今度は身体が羽根のように舞い上がった感覚がした。
部屋の中で、風……。これは天井の穴が悪さをしている……。
現実では風が吹いたくらいで人の身体は浮かないということすら忘れ、私の思考は取り留めもない空想の世界を泳ぎ続ける。
「よ、っと……」
お兄様の声がとても近い。まるでカイルと、頭を突き合わせてる時みたいな……。
不思議な温かさはすぐに別の暖かさに取って代わり、私という羽根は暖か柔らかな雲の上に着地した。
「おやすみ、ソフィア」
お兄様の声が離れ、上からも雲が降ってきた。
もこもこふわふわが私を挟んで身動きが取れない。
雲と雲に包まれて、私……雲になっちゃう……。
この雲もお兄様の差し金なのか。雲を操るなんてさすがはお兄様。私はお兄様に操られる雲になります。
支離滅裂な思考の果て、お兄様の手によってベッドへ入れられた私は快適な寝具たちの総攻撃を受けてあえなく撃沈した。
おやすみなさい、お兄様……。
すやぁ。
お姫様抱っこで寝床に運ばれたご主人様を見て、すかさず同じ事を要求したエッテ。
その日のエッテの寝顔は大変満足気だったという。




