話が違うね?
アイテムボックスから出てきた男による、問答無用の先制攻撃。
「消えろ」
私とリンゼちゃんに向かって白い光が放たれたのを確認して、私は三つ目となるアイテムボックスの出入口を、男との間に壁となるように開いた。
目の前で虚空へと消える光の奔流。
破壊の力が私たちまで届くことはなくなったが、光は放たれ続けている。私たちを呑み込まんとする輝きは消えない。
その輝きの強さは私たちに対する殺意の表れだ。
人の話も聞かずに迷わず殺しにくる男の態度に、私の我慢は限界を迎えた。
「お前が消えろ」
――人を殺そうとするんなら当然、自分が殺される覚悟もできてますよね?
次の手を打たれる前にと未だに男の下半身を呑み込んでいたアイテムボックスをつついっと操作。広げてー、閉じてー。男の首から下をアイテムボックスですっぽりと飲み込み、出入口のサイズを首の大きさギリギリに固定。指一本通らないようにした。
そしてもうひとつの出入口を、鼻から下を内部に閉じ込めるように配置してっ、と、はい完成。
壁にしていたアイテムボックスを閉じると、空中に鼻から下の部分がない男の頭が浮かんでいるという、大層シュールな光景が出来上がっていた。
驚きのあまりか目だけがめっちゃキョロキョロしてて滑稽だねー。ウケるねー。ざまみろ、けっ。
「大人しくしててね? これ以上抵抗したら、またあの暗い世界に閉じ込めるから」
とりあえずはこれで、抵抗は封じられたかな。
流石に目からはビーム出ないよね? と一応まだ警戒はしつつ、リンゼちゃんに確認をすることにした。
「で、リンゼちゃん。これがシン?」
これ、と目の前に持ってきた金髪の頭部を指し示す。
なんだか恨みがましい視線を向けられてる気がするけど、怒ってんのはこっちだ。次はその目を封じてやろうか。
「……こんなに限定的な一部分だけで見たことは無いけれど、そうね。シン、だと思うわよ?」
私と金髪が睨み合っているのをよそに、リンゼちゃんがあまり自信はなさそうに肯定した。
まあ確かに、顔の上半分だけを見ることなんてそうはないだろうけど。
それでもリンゼちゃんがこれをシンっぽいものだと認識していることはよく分かった。
……そうか。これがシンか。
敵対者として対峙している手前、表情は崩さなかったけど。内心では結構な衝撃を受けていた。
………………シンって、犬の名前じゃなかったのか。
以前リンゼちゃんが神様=犬みたいなこと言ってたから、てっきり女神様に忠実な喋る犬の姿をイメージしてたのに。これめっちゃ人ベースじゃないか。
まぁ犬っぽさもあると言えばあるかもしれない。
金髪だからか、なんとなく犬の雰囲気はある……ような気もする。うん。
ただおつむの出来は犬の方が優秀そうだ。
人を見た瞬間噛み付きに来るとか駄犬にも劣る。アホな番犬だって噛み付く前には威嚇くらいするだろうに。こんなのが神だとか全人類が可哀想でならない。
神様を尊敬してる一部の人達のためにも、女神様にはペットの躾くらいちゃんとしといて欲しいものである。
「じゃあリンゼちゃん、あと任せた。人の形取ってるってことは、多分構造も同じだよね? 耳は出してるから話は聞こえるだろうし、返事聞きたい時は口のトコだけ解放するから」
とりあえずは現世にいるリンゼちゃんに後のことは任せよう。
「ええ、ありがとう。任されたわ。……ところでソフィア。少し、怒っている?」
珍しく私の機嫌を確認するリンゼちゃんに対し、私は微笑みを返した。
「んー、けっこー怒ってるよ?」
ってか少しなわけなくなーい?
疲れと眠気は《思考加速》が原因だからまだ許せるとしても、部屋の天井に穴は空けられるし、そもそも神様は人間大好きって話じゃありませんでしたっけー、なんで攻撃してくるんですかねー? って思うのは普通のことだよねえ。だって話が初めに聞いてたのと全然違うんだもんねぇ。ねーリンゼちゃーん?
と視線に苦情を込めてジットリ責めてたら、視線を逸らしながら「……今度なにかお詫びを用意するわ」と小声で呟くのが聞こえた。美味しいお菓子期待してまーす。
……全く、暴れる神様の対処も聖女の仕事内容とか聞いてないよ。
ベッドに腰掛けて一息つきながら、浮かぶ金髪に近付くリンゼちゃんをいつでも守れるように、魔法を発動直前の状態で待機させておく。
はーあ。リンゼちゃんが早く話を終わらせてくれるといいんだけどなー。私はもう疲れたよー。
「『消えろ』って言った方が消えちゃったね?身体がぜ〜んぶ消えちゃったよねぷぷぷ〜ザッコ〜!ねえ今どんな気持ち?ねえねえ、神様のくせに手も足も出ないってどんな気持ちなのぉねえねえ神様ぁ〜、ぷぷぷっ」
とは言わない、心優しいソフィアちゃんなのでした。まる。




