幼馴染を宥めよう
「ソフィア! お前の仕業か!」
カイルが我が家に押しかけてきた。
色んな女の子を焚き付けていたのがバレたらしい。
っていうかみんなどうして我が家に集まるんだろうか。
私が他所の家に行ったことなんて数える程しかないのに、みんな活動的すぎると思う。
「カイル様? その様に慌てられて、いったいどのようなご用件でしょうか?」
とりあえずしらばっくれてみた。
「その白々しい喋り方をやめろ」
まあ酷い、淑女にむかってなんてことを言うお子様でしょう。私もお子様だけどね。
「ではご希望通りに。何の用かは知りませんが、用が済んだらさっさと帰って下さいね」
「お、お前……っ!」
ご要望通り素に近い話し方で分かり易く話してあげたら、簡単に怒った。
だが怒りのままに持ち上げかけた腕をピクリと震わせると、脱力し、大きなため息をついて項垂れてしまった。
「お前、本当、いい性格してるよな……」
「そうでしょうとも」
「褒めてねえよ。なんで偉そうなんだよ」
さっきまで怒ってたのにすぐに呆れに変わり、今はもう笑ってる。
切り替えが早くて羨ましいね。
カイルは悪い奴ではないが、力が強いせいか、ガサツで我儘だ。
以前、一人で本を読んでいたのに無理やり遊びの輪に連れ出されそうになったことがある。
面倒だったから庭まで連れ出されてから手を抓ってやったら「何すんだよ!」と突き飛ばされたので、土の地面に倒れ込んでおよよと泣き真似を披露した。近くにいた執事に。
意図を察してくれた優秀な執事がカイルの父親を連れて来てくれて、カイルにはその場で説教が始まり、召し物の汚れた私はパーティも辞して無事に本の虫に戻ることができた、というこのエピソード。
どうやらその時に嘘泣きだったことがカイルにはバレていたらしく、それからは見た目詐欺だとか、女らしくしろだとか揶揄され、ちょっかいをかけられるようになった。今の関係の出来上がりだ。
乱暴な男子を利用して目先の利益を追求したつもりがより面倒なことになった、というまさに自業自得なわけだが、カイルは父親に叱られたのが余程堪えたらしく暴力を振るうことがなくなったというのは思わぬ成果と言えるだろう。
まあ、そのせいで親の介入が見込めなくなったとも言えるが。
世の中うまくは行かないものだ。
そんな関係だから、言うなれば私の本性を知っている数少ない人物だ。
いや、別に本性って言うほどのものでもないし隠してるわけでもないんだけど。
単なる使い分けのつもりなのに、口調を崩すとやたら吃驚されるから隠すようになったというか。
貴族言葉は意識して使ってるから疲れるけど、だからといって別に荒い言葉が好きなわけじゃないから、普段は丁寧語で事足りる。
丁寧語で軽口言うと慇懃無礼な感じで崩した口調よりよっぽど性格悪く聞こえるよねって思っていただけだ。
「最近さぁ、女がやたら引っ付いてくるんだよ」
そしてカイルも、何故か私の前では崩した口調で話す。
相手の口調に引っ張られる癖がある私もつい崩れた口調になっちゃうからやめて欲しいと言ったこともあるけど、嬉しそうにより汚い話し方をし始めたので口調を正すのは諦めた。
カイルはやっぱり性格が悪いと思う。
「鬱陶しいしさ、やめろって言っても聞かないしさ。なんなんだよって聞いてみたら、お前に俺はこうされると喜ぶって聞いたって言うじゃん。なにこれ? 新しい嫌がらせ?」
カイルがあぁん? と私に詰め寄る。
スっと視線を逸らした。
私こそ嫌がらせかと聞きたい。
私、ちゃんと口止めしたよね? なに素直に答えてんの? 誰だチクったの。口が軽いにも程があるでしょ。
頭の中で被疑者を挙げてみても、全員が疑わしい。
そもそも一番信頼が置けるのがマーレって時点でダメだ。
私が恋愛相談なんて慣れないことをするハメになった原因の元祖口軽乙女。誰も信用なんかできない。
「女性に向けられた好意は素直に受け取るのが男性の甲斐性ですよ、カイル様」
「お前が俺に嫌がらせしたのかって聞いてるんだけど?」
話を逸らそうとしても逃がしてくれない。
くっそ、手強い!
こんなことになってるのも全部マーレのせいだ!
今度王都の限定ケーキ奢らせてやる!
意外とねちっこいカイルからの追求を逃れる為、私は気合いを入れ直した。
被害者ぶってるけど、一人でいる女の子を誘ったらパーティから抜け出す口実に使われて父親にしこたま怒られる羽目になったカイル少年の方が確実に被害者。