睡魔には勝てなかったよ
「催眠術は悪くないよ! とっても素敵なんだよ!」ってことを、眠気を押して説明してあげたのに。お母様には上手く伝わらなかったようだ。
残念でならない。
しかもだよ? そんな話をした直後だってのにお母様ったらこんなこと聞いてくるんだよ信じられる?
「つまり、催眠術は他人の意識を変えられる技術である、ということですね?」
だってさ。
話ちゃんと聞いてた? って感じですよね。
かくして私の頑張りは、尊い犠牲になったのだった。
でも、まあ、ね。
お母様の言うとおり、確かに催眠術にはそれができる。できるかできないかで言えば、できるんだけどー……、あああ、もやもやするぅ。
ぐるぐると回る思考の中から、私はひとつの結論を導き出した。
「そうですね」
返す言葉は肯定。
いいやもう。そういうことでいいです。
もう頑張るだけ無駄な気がしてきた。
別に私、催眠術の悪い印象を改善しましょう団体に所属してる訳でもないし。ただ前世で「自己催眠ってのが便利で〜」って話した時に「えー催眠ってあれでしょ? なんかヤバいやつでしょー」みたいな反応をされるのに飽き飽きしてたから、偏見のないここでなら良い印象を植え付けられるんじゃないかと夢見ちゃっただけだ。
いいよもう、催眠術は薄い本御用達のエロ技術でも。悪の組織御用達のおっきいお友達向けのエロ技術でも。
こうしてちょっと考えただけでも催眠術と聞いてぱっと思い浮かぶのなんかエロ関連とか、あとたまにテレビで「催眠術で出演者を操れるのか!?」みたいな、手品の一種みたいな扱いとかそんなんばっかりなんだもの。どーせ催眠術は悪いやつですよーだ。
自己催眠が大好きで得意だなんて自称する私の事なんて、悪の技術の継承者でもエロの伝道者でも好きに呼ぶがいいさ。ああ、なんなら洗脳聖女とかいいんじゃないですかね。宗教のトップとしていっそ相応しい呼び名なんじゃないかな、ははは。
はあ……。ねむたい。
「それで、その催眠術を誰かに指南したことは?」
「ないです」
で、結局。お母様にとって大事なのはそこらしい。
誰が王様を変えたのか。
そして犯人は精神魔法に催眠術といったそれら洗脳の技術をどこから入手したのか。
私が知っている事は全て話した。
つまり、私は用済み。
任期終了。
おつかれさまでした。
長時間拘束したお詫びに、明日は私の大好きな甘ーい朝食でも用意してくれたら嬉しいな。
なんてことを夢見て。
「確かですね?」
「確かですよー……」
まだ話を続けたそうなお母様を見て、絶望を深めた。
現実はいつだって厳しい。
夢、夢の世界に行きたい……。
ベッドさんが「今日はソフィアちゃん遅いわね……」って言ってる。私の帰りを今や遅しと待っているぅー……。
今おふとぅんに包まれたら三秒で寝れる自信がありますです。
「ソフィア、起きなさい」
「起きてますよぉ……」
お母様から注意する声が飛ぶ。
つーか立ったまま寝れるか。
いや頭揺れてる自覚はあるけど、流石に立ったままじゃ……寝れるか? 今ならいけるかも?
でも倒れた衝撃で起きちゃいそうだからやっぱりベッドが至高にして最高。究極にして至極の極楽浄土への転送装置であるわけで……ふわああ。
「はしたない。欠伸くらい我慢なさい」
「はい……」
ごめんなさいぃー……これでもがんばってるんですよぉ。
と思ったけどこれ無理だわ。寝る。寝るわ。寝るしかない。
もうお母様が何を言おうと休ませてもらおう。私にはその権利があるはずだ。
子供は寝ることで成長する……つまり身長が……伸びる……にょっきにょきやで……うふふ。
だいぶ頭がバカになってるな。
世界がふわふわしててきもちいー。
「お母様。私はそろそろ限界です」
「そのようですね……」
おー、お母様がーやすむ体勢に入られたぞー。
これは我が軍の勝利と言っても過言では……では……っああ眠いんだよもおお〜〜!
早く戻って寝よう。
「ではお母様。おやすみなさいませ」
さっさと今すぐに一刻も早く部屋に戻ろう。そしてベッドさんにお迎えしてもらおう。
もはやそれしか考えられなくなっている私に、お母様の無情な声が届く。
「待ちなさい」
嫌です。ちょっと今耳が遠くて。何も聞こえなかったから待ちません。
お母様の声を無視して扉を目指すも、足がもつれて転んでしまった。
痛……くはないが、なんかもう、このまま寝てもいい気がしてきた。床もひんやりしててきもちいーし。
「そんな状態では一人で戻れないでしょう。人を呼ぶまで待ってなさい」
ああ、お母様の声が聞こえる。
つまりこのまま待っていろと。分かりました。
扉を目前に控え、倒れ伏したまま。
私の意識は……闇に……。
……ぐう。
防護魔法のおかげで頭から倒れ込んでも痛くなーい。むしろ見てる方がいたーい。
そして床に寝そべっても汚れがつかなーい。万能ぅー!




