催眠術とは
頭が揺れる。眠気がまぶたを重くする。
愛する娘がそんな状態だというのに、この母親は寝る事を許してくれない。
お次の質問は「催眠術とはなにか」。
さっさと説明終わらせてベッドさんにお出迎えしてもらお……。
「催眠術は魔法じゃないです。寝起きみたいな頭がぼうっとしている時に、誰かの指示を聞いてついその通りに行動してしまった経験はありませんか? 催眠術とは簡単に言えば、その状況を意図的に作りだし、被術者の行動を操ったり、意識を変えたりする技術です。魔法じゃないです」
なんで「魔法じゃない」って二回も言ったかって? 眠くて惚けてるんだよ。察して?
てかなんで催眠術知らないの? 悪意の無くなった世界では発達しない闇の技術なの? それを知ってる私は悪の使者なの? 悪者さんなの?
他人になんか数回しかかけたことないし、その時だって被術者本人の協力を得るという最高の環境を整えておいて効果はいまひとつだったという半人前の悪者さんですけどねー。ふふー。
とはいえ、まあ、催眠術と聞いて大抵の人が受ける印象は分かってるつもりだ。
人を操る。意識を変える。
まー悪用しやすいと思うよね。
ちゃんとかけられれば、だけどね。
「それは……。……それを、ソフィアが使える、と?」
お母様が、ゴクリと息を飲んだ。気がする。雰囲気的に。
寝ないように頑張るのに夢中でよく見てなかったけど多分。
お母様も催眠術という魔法の言葉に騙されて、恐ろしい技術だと思い込んでいるよーだね。そんな怖い顔しなくたって大丈夫ですよー。
確かに色んな条件を整えれば他人を意のままに操ることも可能だろうけど、人の無意識下での行動を操るって相当だからね?
被術者との信頼関係とか、静かで落ち着ける環境とか、繰り返し繰り返し同じ催眠をかけて催眠にかかりやすくするために要する時間とか。クリアすべき条件がけっこー多い。
どこぞのマンガみたく、指パッチンひとつで操り人形! なんて、あんなの普通に生きてる人相手にできるもんじゃないのだ。
そーゆー人形を作りたかったら、その目的の為だけに子供の頃から催眠にかかりやすいような洗脳教育でもするしかないんじゃないかと思うね。でも洗脳教育するなら催眠術かける必要ないよね。つまり労力に合わなーい!
だからそんなもろもろを考えたらぶっちゃけ、人を操るなんて方向性の悪事目的なら詐欺師の話術とか学んだ方がよっぽどお手軽で役に立つと思うのよ。
催眠は自分にかけるのがお手軽楽ちんで最高ですよねー。
「使えますけど、さっき言った『被術者』って基本的に私自身のことですよ? 催眠術って言うなれば、思い込ませる、ということに特化した技術でして。自分にかけるのが一番手間がないんですよ」
それを聞いたお母様が胸を撫で下ろした。
私が催眠術を他人に乱用している訳では無いと知ってほっとしてるお母様には悪いけど、自分に使ってたって悪用……いや、誰かに不都合な使い方はできるんだよね。
私が普段お母様のお説教を「めんどくさー」って程度で聞き流せるのだって、「お母様は怒るのが好き。たまに私を怒ってストレス発散してるだけ。お母様のストレス発散に付き合ってあげる私優しい!」って自己催眠の成果だし。
……いつもは苦もなく聞き流してる分、今日みたいに私に明確な敵意が向けられた時には、慣れない恐怖に晒される羽目になるんだけどね。
まあそんなことはともかく。
お母様の催眠術への認識が改まったところで、もう一押し、理解を得ておきたいところなんだけど……こういう説明って難しいよねー。
上手く例えを出せれば一発で理解してもらえるんだろうけど、私の例えって下手らしいんだよね。例えるのは結構好きなんだけど。
……下手だからこそ練習するべきかな?
私はお母様の表情を窺い、さらなる説明の必要を感じた。ので、例え話をしてみることにした。
「例えばですけど、私が『あなたは優秀です』と級友に声を掛けたとします。それが私との信頼関係を築いている相手だったなら『ソフィアさんが言うのだから、私は優秀なのかもしれない』とやる気が出ることもあるでしょう。逆に、それが私のことを嘘つきだと思っているような相手だったら、私の言葉はその人に何の影響も与えることはできないでしょう。催眠術はこの様に『この言葉は真実だ』と思い込ませる事で人を善い結果へと導くお手伝いをする、人を幸せにする為に研鑽された技術なのです」
テテーン。証明しゅうりょー。
うんうん、今の例え話はなかなかだったんじゃないか? ソフィアちゃんってば語り部の才能があるかもね!
確かな手応えに、肝心のお母様の反応はというと。
「そうですか」
あっははー……響いてないねー……。っていうか上の空? まさかの聞いてないパターンですかね。そうですか。
もう私寝てもいいかな?
催眠術「やめてっ!私のこと悪者にするつもりなんでしょう!?薄い本みたいに!薄い本みたいにッ!!」




